梶井基次郎「冬の蠅」より
「元来一つの物に一つの色彩が固有しているというわけのものではない。だから私はそれをも欺瞞と言うのではない。しかし直射光線には偏頗があり、一つの物象の色をその周囲の色との正しい階調から破ってしまうのである。そればかりではない。全反射がある。日蔭は日表との対照で闇のようになってしまう。なんという雑多な溷濁だろう。そしてすべてそうしたことが日の当った風景を作りあげているのである。そこには感情の弛緩があり、神経の鈍麻があり、理性の偽瞞がある。これがその象徴する幸福の内容である。おそらく世間における幸福がそれらを条件としているように。」

つまり、幸福とは不公平で偏っていなければならないということなのであろうか。基次郎は、溢れる幸福の眩しい光から埋没した自らの不幸について語ったのだろうか。

「なんという豪奢な心細さだろう」