「希望とは、死ぬか生きるかの荒あらしい戦いの場にいるものの言葉だ。友情もまた戦いの時代のものだ」「おれは遅れて生まれてきた」
(「われらの時代」大江健三郎)

〈男〉とは男に付された名であるが、〈女でないもの〉とは名ではない。それは何者でもない。
〈戦争を知らない子供たち〉とは、あの時代の青年たちが自らに付した名であるが、現代の青年たちは、もはや〈戦争を知らない子供たち〉ではない。といって、当然のことだが、それは「戦争を知る子供たち」を意味しない。敢えて言えば、彼らは〈かつて「戦争を知らない子供たち」がいたということすら知らない子供たち〉である。それはやはり名ではない。それは何者でもない。

遅れて生まれてきた青年たちは、「遅れて生まれてきた」と叫んだ。それは悲痛な叫びだが、しかし彼らは「彼らの時代」を持っていた。〈遅れて生まれてきた青年〉という名を持った仲間たちを持っていた。
ところでこの僕は、「〈遅れて生まれてきた青年〉からも遅れて生まれてきた」と、ひとりで叫んでみるのだが、それは何の意味もない叫びなのだ。〈「遅れて生まれてきた青年」からも遅れて生まれてきた青年〉とは、要するに何者でもない。