悲しい、ふっと。

神の里、高千穂神社にて毎夜開かれるという夜神楽、そう聞いて出かけたのだが。
演じている姿に生気が無い。本来は、短いものでも半時間、長いのは一時間半にも及ぶ三十三種の神楽、夜を撤してその全てを行なうものなのに、その内の四種だけを選んで、それも短縮して併せて一時間足らずの見せ物に仕立てて物好きな数人の観光客に見せるのでは、やる方だって気が入らぬのも当然だ。

席を立って表へ出る。
篝火に映える松も鄙びた社も、こうなってしまってはもう何も伝えてこない。ただただ寒々としているのみだ。

どうなるわけでもないと知りつつ、ただ苦しむだけであることがわかっていても、僕はどうすることもできない。目を閉じて、神楽の太鼓の音に耳を傾け、気を鎮めようと勉めてみても、いっこうにままならぬ。

そういえば、延岡からこの高千穂に続く国道沿いの風景は、確かに美しかった。感情と共謀せぬ僕の貧弱な理性でも、確かにあの渓谷の美しさを認めてはいたのだ。

それらしきものを書き始めたいと思う。根の無い僕の理性に、〈心〉といったものを無理に接木してみようと思うのだ。