1994年5月2日
《手術後初の転移再発の有無を調べる検査の結果を聞いて》
去年の1993年の1月のこと。川崎市の三十五歳検診で、僕の肺に影があることがわかった。所見は〈要経過観察〉。今回の僕の腎臓癌の手術を担当した医師は、その僕の胸の影を、手術の前から気にかけていた。腎臓癌の多くはまず肺に転移する。この影は、既に腎臓から転移してしまった癌の影ではないか……。腎臓癌と肺の転移部位の関係は微妙で、その片方をいじると、もう一方が動きだすということがままあるという不思議。そう聞いていたから、手術後最初の胸部CT検査の結果が出るのを、僕は未決囚のように待っていたのだ。
その〈判決〉が今日〈下った〉。問題の肺の影の正体は依然不明だが、その大きさは直径5ミリで手術前と変わらず。〈無罪〉か〈執行猶予つき〉か。ともかく大きな難関をひとつ越えたような気がして、ひとまず安堵する。血液検査の結果も異常無し。したがって、今のところ再発防止の為の抗癌剤投与の必要はなし、それがなりよりうれしい。今日はこれで、久々にゆっくりと眠れるかもしれない。


1994年5月26日
ひと月ずっと、ワープロを打ち続けている。
いくら打ち続けても、古いノートは、どこまでも〈稚拙な観念の亡霊〉の戯言が続いている。
しかし、今の僕がそこからどれ程成長しているというのか。なるほど幽霊ならば、転生でもして生まれ変わらぬ限り成長などしないだろう。振り返れば過去はすぐそこにある。僕は、その頃の「僕」をいまだ否定し得ない。というより、何も変わっていないのだと思う。過去の自分を解釈すると云いながら、その実、今の自分を改めて発見しているらしい。ならば、解釈し否定されるべきは、現在の自分なのではないかと、ノートを写せば写すほどその思いが募ってくる。