「どうもこういう問題になると、なかなか哲学史の一冊も読むような、簡単な訳にゃいかないんだから困る」
芥川龍之介の「路上」は未完のまま終わっている。〈ほんとうの愛とは〉〈偽りのない愛とは〉、その答えを、芥川は「路上」のようなリアルな小説の中で具象化してみせることができなかった。
芥川の信ずる愛の形、それは辰子との出会いの瞬間に、もうそれ以上発展のしようのない形で完結していたのだ。それに続くであろうリアルな生活は、芥川にとっては、きっと手におえないものだったのである。

23時35分。静寂の中。そうだ、僕らの時代には音楽があるのだ、あるはずなのだ、ふと強烈のそう感じたのだ。しかし、静寂の中、いかなる音も僕の耳には聞こえてこない。今の僕にとって、音楽とは、何ら具体性を持たない単なる概念であるらしいのだ。

その夜〈白日夢〉を見た・・・

彼女は60年代的モラルを持っていた。だから、当然の様に、処女などといういかがわしい肩書きは、できるだけ早いところ捨ててしまいたいと思っていた。ところが、その「真面目さ」が、かえってその実現を遅らせていた。
何かが熟した。その時、偶然にも彼女の前にいた男。彼女はその男を利用した。男もまた、利用されることを理解していた。
「男と寝る」という彼女の行為は、それのみ単独で完結した意味を持ち、だからこそ価値もある筈だった。ところが、彼女は彼を愛してしまう。不覚であった。彼女はそういう自分自身が許せなかった。彼女の意志で選んだ確かな行為が、「愛」という淫靡で不確かなものに汚されたような気がしたのだ。
彼女は、悩んだ。
男は、そんな彼女に惹かれ始める。
結局彼女は、平凡な恋に堕ちた。彼女は肉体と精神の安易な慣れ合いを認めてしまったのだ。
彼女の顔からはすっかり険が消えていった。彼女は美しかった。
彼女は幸福だった。
男は、彼女から、出会った頃の、あの特別な魅力が消えているのを感じた。