昨年9月の、「mixi」とやらの一連の日記に書いたこと。

10日
これから新宿のかりゆしへ行く。
謝名元慶福の「海の一座」の主演女優さんと会う。
かりゆしでの思い出。
「オボツカグラ」と「ニライカナイ」のこと。
いずれ表の世界で書く。
ここにひっそり記すだけなら、何の意味も見出せない。

12日
表の世界に公開するのが正しい「行き方」だと確信をした。
言えないことなど、ない。

16日
表の世界で公開することに躊躇して、ここにそっと書いていた事を、表の世界できちんと公開する、僕は、僕のやろうとしていることを信じることにしたのだ。
僕のやろうとしていることを、僕自身が信じられないのだとしたら、いったい他の誰が信じてくれるというのか。

すると、こんなコメントがついた。
(自分を信じて、熟成させてください。待ってます)
僕はそれにこう答えた。
(信じたり疑ったりであります)
(信じることにした、なんていうのは、信じていない証拠ですかね)

そしてようやく、かりゆしの思い出を、2月の6日にM.A.P.after5に書いてみた。
しかし、言いたいことの半分も書かなかった。思わせぶりで、何が言いたいのか、ちっとも要領を得ぬ文章。
不特定多数という他者に向けて、重く微妙な話を、明るく語ることの困難さ。