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カテゴリ: 「アイヌ」のこと
mixiとやらで、時々見つける次の文言。
「管理人様、貴重なスペースお借りいたします。」
頗る気持ちが悪い。
宮武外骨のコミュニティーを検索してみたら、三つも出てきた。 途端に興味が失せた。

戻った部屋で、ブログらしきもの思案中。
苛々している。 だから、過激になっている。

食わしてやらねばならぬものがいる。 猫三匹は多すぎる。
猫にも命があるなんて、口が裂けても父は言わない。食えなくなれば、猫を喰ってでも生き延びてみせる。

顔を顰める子どもたちよ。
おまえたちはエスキモーの犬のことを知っているか。
イオマンテの祭りの意味を知っているか。

南の琉球犬と、北のアイヌ犬は近い種類だと聞かされた。その境遇は同じなのか、違うのか。
支配するもの、攻め来たるものがいなければ、南の国は、人も犬も、豊かな恵みに包まれ、芥子の花に囲まれて、その一生を平穏に過ごせたに違いない。
過去を後悔しても、懐かしんでも始まらない。それが人間だったのだ。
子どもたちよ。君たちは、明日の自分を、どう描こうとしているのか。

だが父は何度でも言った。お前たちが飢えれば、父は三匹の皮を剥ぐ。そういう親を嫌って家を出た。孤独を装い、父である小十郎の思い出とともに、三匹の猫のことを忘れた欺瞞。
かつて、北の洞窟でヒカリゴケが輝き、南のガマで炊く水の中では骸骨のリンが光ったのだという。
今ようやく、父に倣って何度も自問する。イオマンテの祭りの意味を、お前は本当に知っていたのか。

「mixiとやらを管理する会社の担当者様、どこの馬の骸骨なのかは存じませんが、スコブル貴重なスペースと伺って恐縮するやら笑うやら、ならばたくさんお借りするのが憚られ、だいぶ端折ってmixiの日記にしましたが、全文お読みになりたいならば、こちらのブログらしきものまでご足労ください。」


2月 5日木曜日: 《1984年7月2日のノート》

カテゴリ: 《過去のノート》
過敏なのではなく、過剰なのである。何も慰めはしない。
ならば夏が過ぎ去るまで、じっと目を閉じていよう。余りにもありきたりな「寂しさ」なので、僕は口を閉ざそう。

そういう僕が、慰められている。
「クラムボンはわらったよ」
そして僕も〈わらっている〉。僕には少年の消化能力しかない。いや、少年の消化能力を得た、というべきか。

12月12日金曜日: 《1984年9月13日のノート》

カテゴリ: 《過去のノート》
人は何故祝福しないのだろう。幸福は拡がらない。幸福とは、当事者だけのものだ。そして外部へ汚物をたれ流しながら、彼らは笑っている。

またぞろ幸福絶対量保存の法則。
〈それは「ほんとうのさいわい」ではないのだよ。〉
「カンパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでもいっしょに行こう。僕はもう、あのさそりのように、ほんとうにみんなの幸のためならば、僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない」
「うん僕だってそうだ」カンパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。
「けれどもほんとうのさいわいはいったいなんだろう」
ジョバンニが言いました。

「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」
宮沢賢治。

11月 8日土曜日: 《1984月5月12日のノート》

カテゴリ: 《過去のノート》
僕は孤独なのではなく、ただ怠惰にも争いを恐れて、敗れる争いを恐れて、そして孤独のふりをしていると君は言うのか。
争いを避けて星となったあのヨタカに、君は何の想いも寄せることはないのか。

カテゴリ: 《過去のノート》
夢を見た。
少女が居た。少女には一人の弟があった。父親は小柄だががっしりした体格だった。母親は「母」という相貌と「母」という性格を持っていた。祖母はきっと少女を愛していた。五人の家族は、公園のある遠い街へ移り住むために、一台の小さな車に体を寄せ合うようにして乗っていた。
運転している父親が、ハンドルを握ったまま肩越しに子供たちに告げる。
「もしお前たちが、あの公園を気に入らなければ、すぐにも住み慣れた街へ戻ろう」
少女は思った。
(だったら、気に入らないと言ってしまおう。そうすれば全部終われるんだから……)
それはとっても簡単なことに思えた。

しかして、遠い街のその公園は、少女にとって全く気にいるものではなかった。
(素敵な公園だったら良かったのに、そうしたら「気に入らない」と、あっさり言えたのに……。)
少女は、〈けしの花〉の咲き乱れるその公園を、必死に気に入ろうとした。

夢の中の少女は、僕の意志のようだったが、僕は確かに傍観していたのだ。

朝方、また別の夢を見た。
その薄暗い山荘は沢山の人間で混雑していた。僕は誰かを探していた。あの少女が必死に公園を気に入ろうとしていたように、僕は誰かを必死に探していたのだ。だが、探している人の顔を、僕はどうしても思い浮かべる事が出来なかった。
人々は僕に全く無関心のようだった。そして、それは一種の平安だった。

ガルシンの、「赤い花」の、「罌粟(けし)」の花の、その象徴の、意味・・・

「これまでは推理や憶測の長い道程を経て到達したことを、今では直覚的に認識する。哲学が作り上げたものを、僕は現実的に把握したのです。」
夢もまた現実か。心理学は「現実」を扱うのか。しかし……。

大江健三郎の「鳥」。
「睡気は現実の一部ということだ、《現実》は鳥たちのように柔らかくせんさいな感情をもっていない。かれのごく微細な合図だけでたちまち消えさって行く《鳥たち》にくらべて、《現実》は決して従順でなく頑固にかれの部屋の外側に立ちふさがっていて、かれの合図をはねつける。《現実》はすべて他人の匂いを根強くこびりつかせているのだ」
「おれはこのやりきれない生活を少しの幻影もなしにくらしていくことになるのだろう、しかも気違い女にまといつかれながらだ、ああなんというやりきれない生活だろう」

「毎日ただこの感触を感触として生きていたら
 ずいぶん楽しいことなんだが」
そうだそうだと、僕は賢治を読んでいたんだ。
「潮汐や風
 あらゆる自然の力を用いつくすことから一歩進んで
 諸君はあらたな自然を形成するのにつとめなければならぬ」
精神を肉体に還元する可能性について、なるほどこういう言い方もあるのかと、そうかそうかと、僕は賢治を読んでいたんだ。
夕方、開け放った窓から、涼しい風がやってきた。
「諸君はいまこのさっそうたる
 諸君の未来圏から吹いてくる
 透明な清潔な風を感じないのか」
そうして、僕は感動していたんだ。感動しながら「密室の美学から開放された詩人」賢治を、僕は読んでいたんだ。だが、密室に閉じこもった詩人なんているんだろうかと、僕は「密室の美学」を始めてしまったんだ……

(宮沢賢治に大地と農業があったように、例えば晩年のバイロンにはギリシア独立戦争があったのだ。多くの詩人たちが恋の詩を残したのは、彼らが恋をしたからなのだ)…

やがて夜が更けてくると、僕はますますつまらない言葉で考え始めていたんだ。
(愛し合い、理解し合い、尊敬し合うという単純なこと……)
つまり、これが〈肉体を持たない言葉〉という奴なのだ。そうは判っていても、僕は夜の密室にすっかり閉じこもっちまったんだ。
(傍観者とは勇気ない人の意ではなく真の善の体現者ではないのか)
というふうに。




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