09/02/01 : 寄せられたコメントと、その返答
カテゴリ: 沖縄の、こと
「社長とは呼ばないで」の、【ひとつの記事】
http://lince.jp/mugon/kotobawousinau.html
それに寄せられた、【あるメッセージ】
「社長とは呼ばないで」という「ブログらしきもの」では
このアイテムは閉鎖されました。
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って……
若き演出家の饒舌には閉口し
人類館の舞台には、ピンとくるものがなかったわけですね
きっと……
被害者意識だけが強調されて
加害者意識の欠落や
二重三重の差別にたいする眼差しが欠けてたのでしょうか?
単に舞台の演出や役者の質が良くなかったのでしょうか?
取り巻く人たちが腐臭を放っていたのでしょうか?
それに対する、【僕の返答】
全てYESであり、NOでもあります。
若き演出家に、決して間違いはありません。しかし、何かが邪魔をして、僕はそれを彼のように声高に語ることができません。
舞台の質は、確かに高くなかったと言わざるを得ない。しかし、「人類館」は、それだけでは測れない。
被害者が容易に加害者にもなるという構成は、初演時から変わらぬ重要なモチーフです。
ただ、「琉球」が「アイヌ」等と「同列」に「陳列」されたことに対し、「アイヌと一緒に扱うとは何事だと抗議した沖縄」という具体的な視点を付け加えることによって、いったいどういう新たな言葉が「人類館」から生まれてきたのか、それが見たかったとも思うのです。これは、「日本」への同化という、極めてナイーブで重要な沖縄近代史の問題でもあります。
残念ながら今の「人類館」は、被害者が加害者に変貌するという「単層的な変化」をしか取り込めていません。ここに、被害者でありながら加害者でもあるという「重層的な同時性」という構造が導入された時、人間存在の普遍的な深層を包含するような課題をもあぶり出すことができるに違いありません。
その時、戯曲「人類館」は、さらに重要な作品へと進化することが可能になるだろうと思うのです。
取り巻く人たちは、みんな一生懸命でした。
腐臭を放っていたのは、きっと僕であり、その臭いに、したたか打ちのめされていたのもやはり僕だけでした。
舞台に感動した人たちもたくさんいたでしょう。
また、舞台に不満だった人もいたのではないかと想像もします。
ただ、「表現の質」にそれほどこだわった観客は、ほとんどいなかっただろうと思うのです。つまりあの日の大隈講堂は、劇場ではなく、むしろ研究室に近かったから。観客の多くは、舞台の出来不出来とは関係のないところで、「沖縄」という「テーマ」について考えていたから。
( 「表現の質」については、いずれお話したいと思います。)
そして、「人類館」を演じる役者が舞台に立っていた時の大隈講堂こそが、もしかすると現代の人類館であったのかもしれないなどという想念におそわれた者が、はたして僕の他にどのくらいいたのか、それは全く定かではありません。
「社長とは呼ばないで」をコメントできないようにしているのは、こんな正直な話をリアルタイムで公開すると、いろいろとやっかいなことになりそうだと気遣ってのことなのです。 まったくもってケツの穴が小さい。
というわけで、「社長とは呼ばないで」に対するコメントは、直接に個人的に送って頂ければ、必ず後日、ちょっとオブラートに包むことをお許し頂いた上で、公開させていただきたいと思う次第です。
少し落ち着く時を待って。
http://lince.jp/mugon/kotobawousinau.html
それに寄せられた、【あるメッセージ】
「社長とは呼ばないで」という「ブログらしきもの」では
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って……
若き演出家の饒舌には閉口し
人類館の舞台には、ピンとくるものがなかったわけですね
きっと……
被害者意識だけが強調されて
加害者意識の欠落や
二重三重の差別にたいする眼差しが欠けてたのでしょうか?
単に舞台の演出や役者の質が良くなかったのでしょうか?
取り巻く人たちが腐臭を放っていたのでしょうか?
それに対する、【僕の返答】
全てYESであり、NOでもあります。
若き演出家に、決して間違いはありません。しかし、何かが邪魔をして、僕はそれを彼のように声高に語ることができません。
舞台の質は、確かに高くなかったと言わざるを得ない。しかし、「人類館」は、それだけでは測れない。
被害者が容易に加害者にもなるという構成は、初演時から変わらぬ重要なモチーフです。
ただ、「琉球」が「アイヌ」等と「同列」に「陳列」されたことに対し、「アイヌと一緒に扱うとは何事だと抗議した沖縄」という具体的な視点を付け加えることによって、いったいどういう新たな言葉が「人類館」から生まれてきたのか、それが見たかったとも思うのです。これは、「日本」への同化という、極めてナイーブで重要な沖縄近代史の問題でもあります。
残念ながら今の「人類館」は、被害者が加害者に変貌するという「単層的な変化」をしか取り込めていません。ここに、被害者でありながら加害者でもあるという「重層的な同時性」という構造が導入された時、人間存在の普遍的な深層を包含するような課題をもあぶり出すことができるに違いありません。
その時、戯曲「人類館」は、さらに重要な作品へと進化することが可能になるだろうと思うのです。
取り巻く人たちは、みんな一生懸命でした。
腐臭を放っていたのは、きっと僕であり、その臭いに、したたか打ちのめされていたのもやはり僕だけでした。
舞台に感動した人たちもたくさんいたでしょう。
また、舞台に不満だった人もいたのではないかと想像もします。
ただ、「表現の質」にそれほどこだわった観客は、ほとんどいなかっただろうと思うのです。つまりあの日の大隈講堂は、劇場ではなく、むしろ研究室に近かったから。観客の多くは、舞台の出来不出来とは関係のないところで、「沖縄」という「テーマ」について考えていたから。
( 「表現の質」については、いずれお話したいと思います。)
そして、「人類館」を演じる役者が舞台に立っていた時の大隈講堂こそが、もしかすると現代の人類館であったのかもしれないなどという想念におそわれた者が、はたして僕の他にどのくらいいたのか、それは全く定かではありません。
「社長とは呼ばないで」をコメントできないようにしているのは、こんな正直な話をリアルタイムで公開すると、いろいろとやっかいなことになりそうだと気遣ってのことなのです。 まったくもってケツの穴が小さい。
というわけで、「社長とは呼ばないで」に対するコメントは、直接に個人的に送って頂ければ、必ず後日、ちょっとオブラートに包むことをお許し頂いた上で、公開させていただきたいと思う次第です。
少し落ち着く時を待って。