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1月28日水曜日: かつて「mixi」に…

カテゴリ: 書斎で書くこと
それほど昔ではないけれど…
昨年の9月4日。初めて「mixi」とやらに日記を書いてみた。

 「カクテル・パーティー」とは
 沖縄の作家が初めて芥川賞を取った小説の題名。

 mix チャンプル… 連想ゲームが始まる予感。

 昼間は…
 http://lince.jp/hito/
 公式の懇親会。

 夜は…
 http://lince.jp/mugon/
 深夜の書斎での酒盛り。

 で、この日記は…
 休日の「カクテル・パーティー」

9月9日の「mixi」の日記

 神楽坂へ。
 まだ公開できないこと。ミステリー。

 僕はこのmixiという隔絶された世界の日記に、
 僕の足跡をそっと記録していく。


カテゴリ: 書斎で書くこと
本当に客観的な眼を持ったら自殺するしかない。
程度問題だけどね、きっと幸せに生きるためには、中途半端に客観的な眼を持つこと。つまり、見る必要のないことは見ないこと。

末期の眼を持つと、ちっぽけな日本人は死ぬしかなくなる。川端康成や芥川のように。
タフな西洋人に僕は憧れる。ドストエフスキーは狂うまで自殺なんかしなかった。日本人には狂気におそわれるほどまで自分を追い込む冷徹さはないのです。西洋には最後まで見つめ続けて自らの精神を破綻させてしまった芸術家がたくさんいるが、日本の芸術家は最後のところで真実を凝視することに耐えられなくなって、狂う前に自ら命を絶ってしまうのです。メデューサに見つめられることを怖れて目を閉じてしまうのです。
メデューサとは、きっと鏡に映った自分の真実の姿なのだ。

あなたは、今の僕がわき目も振らずに突っ走っているように見えるのかもしれないが、僕としては、「わき目も振らず」という状態とは正反対な状態に自分を追い込んでいるのだと思っています。

僕の、「社長とは呼ばないで」というブログらしきものは、少しばかり客観的な眼を持ち過ぎてしまったために、分裂してしまった男の遺書なのです。と言っても、人は、僕が死んでみせるまで、これが遺書だとは信じてくれないだろうけれどね。


カテゴリ: 書斎で書くこと
「今」は、とてつもない速度で過去へと埋没していく。たった今さっきまで「いま」であった生々しい「むかしのこと」を、何とか解釈したいと思うのだが、次から次へと現在が押し寄せてきて、どんどんと「過古たち」に手が届かなくなっていく。ならばその代わりに、「遠いむかし」の薄くなった「過古」を手っ取り早く取り繕って、昨日やおとといぐらいの「むかし」の喪失感の埋め草にしようとしている。

それが、「埋め草」の、ほんとうの意味らしい。

そして、使える埋め草を探すために、もう一度「過去のノート」を眺めてみた。すると、あまりに稚拙で一度は不採用と決めた過去の言葉なのだが、そいつらがなんだか妙に愛(いと)おしく感じてきた。

たぶんきっと、今の自分が、昔の自分を懐かしがっているのだと思うのだ。ひたすら孤独に考え続けていたあの頃の「過古たち」。
(2009/2/13)本当の日付



1月 6日火曜日: 歌舞伎と言葉と俳優と。

カテゴリ: 書斎で書くこと
歌舞伎を観た。
かのスタニスラフスキーの俳優修行、その一部だけが訳されて、スタニスラフスキーのシステムは、新劇のバイブルとなった。「俳優修行」を読んだことのない若い役者たちは、畳の上で秋刀魚(さんま)になって、這いずり回って見せた。それができなければ一人前の役者にはなれないと、彼らは思い込まされていたのか。しかし、自分が秋刀魚であると信じることができるような巫女的能力の持ち主は、女性以外にはいない。
鈴木忠志は、女性は全て根っからの名優だが、男でまともな俳優などみたことがないと言った。確かに、俳優にはゲイが多かった。今は知らぬが。

今、畳の上で秋刀魚になれる思い込みの激しい役者など、女優にもいない。どうやら、現代人は分裂病気質というものにとても寛容になった。全身全霊を賭けて秋刀魚にならなくても、秋刀魚を演じることは出来る。いや、むしろ分裂し白けた自分がいなければ、秋刀魚などになれるわけがない。
そうして、男性にも上手い役者が増えた。多分、自分の中にある何パーセントかの女性的才能を発見し、そしてそれを容認してうまく使いこなしているのに違いない。100%の女性も、100%の男性もいないのだから。

モスクワ芸術座の役者が、畳の上で秋刀魚になるような訓練をしているのかというと、全くの大間違いである。出番寸前まで、袖で馬鹿話をしている。だが一度舞台に出れば、彼らのリアリズムの演技は、見事であると聞いたことがある。それが伝統の力なのだと。

言葉が先にあり、まずはともかくその言葉を発してみること。感情は後からついてくる。感情があったからといって、演じることはできない。それが俳優修行の、訳されなかった続きである。

しかし、いったい言葉とは何なのか。「俳優修行」は俳優論・演技論であるから、言葉の根源を問う必要はない。言葉の根源を問うには、まず肉体を切り離して思考せねばならぬのだが、肉体不在では俳優論も演技論も成立しない。だが、敢えてそれを問いたいと思う僕の性癖は、どうやら昔とあまり変わってはいないようである。

つまり、アイヌを考えること、沖縄を考えることは、形而上の課題を一向解決することのできない僕にとって、やはりとても扱いにくい重荷なのであるということを、どうやら僕は言いたかったらしい。アイヌや沖縄の問題は、肉体を除外しては考えることはできない。

歌舞伎とどういう関係があるのか。新春に歌舞伎を観たくらいで、なんでこんなことを考えているのか。芸談風なことだけを語っていれば、もう少し笑って理解してもらえるだろうに。
ともかく、歌舞伎を観て、当然のことながら離れがたく肉体に支配されている自分を発見したということらしい。

1月 2日金曜日: 紺珠

カテゴリ: 書斎で書くこと
森鴎外の備忘録の表題に“紺珠”というの文字が記されている。

「かんじゅ」と読む。
「開元天宝遺事」によれば、手でなでると記憶がよみがえる紺色の宝珠。730年に没した中国唐代の政治家、張説が持っていたものだという。

今の時代、紺珠など持たなくても、何10年もの歳月を積み重ねた日記が、たとえばブログのようなテキストデータにでもなっていれば、検索機能なるものを使って、すぐに当時の言葉にたどり着くことが出来る。それどころではない。インターネットは、全世界の人々の記憶を、何の労もなく、自らのモノとすることができる。

人間の寿命が延びて、3世代が生活を共に出来るようになって、それから人間は劇的に進化したという説がある。つまり、オバアの知恵を子育てに役立てることができるようになったからなのだと。残念ながら狩りに疲れたオジイは、大概は孫を見ることなく死んでいったらしいのだが、ともかく、それ以来、人間の記憶は重層的になり、祖先の知恵の上に新たな知恵を積み重ねていくことが可能になった。
やがて、人間が文字を発明し書物というものが出現する。それまでは、増え続ける知識(先祖から受け継ぐ記憶)を格納するために、ひたすら脳を肥大化させてきた人間なのだが、書物という格納倉庫を脳の外部に持った時から、人間の脳は、その異常な成長過程を止めることができた。

果たして、インターネットという巨大記録装置は、いったい人類に何をもたらすのだろう。
だが、「記憶」の全範囲は、知識の範囲を遥かに超えている。

サイドバーにあるブログ内の言葉を探す「検索」機能を使って、「社長とは呼ばないで」の記事の中にある「紺珠」という言葉を検索してみた。そうしたら、ふたつみっつの記事がピックアップされて表示された。すると、それに伴って、いくつかの記憶が、僕の脳に蘇ってきた。ノートには書かれていない情景、オマケのようだが、みずみずしい「思い出」。至極当たり前のことをあらためて認識して、なんだか僕は安心した。

そういえば、昨年は忘年会をする余裕さえなかったっけ。