過去の投稿

あなたは現在 2009年7月 の投稿をご覧頂いています。

7月23日木曜日: 誰も読まない呟きだから

カテゴリ: 書斎で書くこと
ボクは専門家ではない。だから、たくさんの専門家の論を聞いて確かめる。そんなことが出来る年齢になった。

それとは違うはなし。

例えばNさんという表現者がいるとする。信頼するSさんという方が、Nさんのやっていることは間違っているという。なるほどと思えるご高論である。だが、それだけをもってボクはN氏個人を批判することはしない。あたりまえのはなしである。だが、どこか信頼するSさんを裏切っているような気もする。ここらあたりからやっかいになってくる。

ボクはSさんと一緒に、ある若い学者に会いに行く。その学者はSさんが批判したNさんに協力を得て一冊の本を出したことがある。ボクは、ブログでその著作を紹介することをなんとなく躊躇した。特に意味はない。ただ、何もしないことを選んだのである。

ある男がその著作の文章の一部を、まるで自分が書いたかのように丸々インターネットに載せていた。それまでも彼は、新聞記事をテキストにして紹介してしまうようなことをちょくちょくしていた。注意しようかとも思ったが、同様の事例が横行している未成熟なコミュニティーでのことだから、黙っていることにした。
それでも少し気になって、ボクはその著作を持っていたので、その著作が写るようにそれとなく書斎の画像を撮影してブログに掲載してみたのだが、はたして彼は気づいたのかどうか。

現実とは、かように面倒である。だが、一年も経てば全ての出来事は薄れていく。だからボクは、それを待ってこの本を紹介してみるつもりなのだ。ただ、過去の記事にそっと追記するだけのことだが。

沖縄のこと。
5年くらい経てば、お名前も公表しよう。誰も読まない呟きだから、漏らすことのできるため息。

7月20日月曜日: つまらないハナシ

カテゴリ: 書斎で書くこと
「世界に出ていって、傍若無人に振舞っている」
ふと思い立ってそう書き残した。さて、何を考えていたのだろう、何かにひどく腹を立てていたことだけ憶えている。

傍若無人な男が不愉快だったのか、世界に出ていかずに、チマチマと狭い場所で偉そうに振舞う言動が許せなかったのか。

どうでもいい、思い出せないことを無理に思い出すなど愚の骨頂。神経症の男を気にかけるほど暇ではない。シュールな感覚。阿呆が嫌いという性癖。

神経症といえばmixiを見限った。いくつかまじめに書いた日記は、捨てがたいものだけどこかに転記して、後は削除してフェードアウトする。吐き気がする閉ざされた世界。これ以上覗き見するほど幸せでも不幸でもない。
商売のための宣伝と、ほんの少しの情報収集機能だけはツールとして残しておくが、それにも大した意味はない。
個人的な連絡通路はそのまま。知った人たちに対する最低限の礼儀。

ものすごくつまらないハナシをした。

カテゴリ: 書斎で書くこと
批判めいた言説は、対象についての冷徹な批評とは程遠く、ただ自らの恨みを語っているに過ぎない。だが、だからこそ切実だともいえるわけで、時にはそういう駄々も必要なのだ。

どこかの誰かのことではない。つまらぬ他人を相手にするほど暇でもない。過去の「オレ」は、「オレ」のことにしか興味が無かった。「オレ」の嫌いな唯一の他人は、「オレ」だけであった。

「社長とは呼ばないで」などという呻きも、相変わらずまさにそれなのだ、それの何が悪い、と開き直ってみる。
例えば23年前の、坂口安吾をダシにして書きなぐったメモ。「オレ」は屈折しているのだとわざわざ宣言するためだけに認められた女々しい心情の反吐。

俯く者に方向を語る資格があるはずもなく、足元に自らの墓穴を掘る力すらない者に、深さという概念は無縁である。

そんな昔のことではないのだが、「オレ」は確かに懐かしんでいる。


7月 4日土曜日: TOKYO 197X年

カテゴリ: 書斎で書くこと
行き交いすれ違う獣たち。
分厚い化粧。色とりどりの髪。タトゥーとピアスの穴で傷つけられた肉体。
まるで、みんな宇宙人だ。

けれど、故郷を忘れようとしたこの俺は、きっとこの街が、どうしようもなく好きだったのだ。

俺は、朝の来ない歩道橋の上から、漆黒の奈落に向かって聞いてみた。
「母さん、僕はあなたを殺していいですか」
体の中に流れる祖先の記憶という薄汚い血を、俺は憎み蔑んでいた。

そして、女たちと、スラングだけで語り合ったのだ。

どこかの星の夜は、いつもたった一夜の出来事だった。
そして俺は、毎夜毎夜、母を殺し続けたのである。

半年後の俺にとって、母を殺した記憶だけが、ひどく懐かしい。