啓蟄である。
二十四節気(立春・雨水・啓蟄・春分・清明・穀雨・立夏・小満・芒種・夏至・小暑・大暑・立秋・処暑・白露・秋分・寒露・霜降・立冬・小雪・大雪・冬至・小寒・大寒)の1つ、春分の手前、ちなみに春分の次が清明。沖縄では「しーみー」としてとても大切な節目だが、大和でそれを知っている者は殆どいない。

日本中啓蟄だが、北国の虫も、同じ頃に目覚めるのだろうか。
定額給付金とやらが日本で一番早く配られた津軽のちいさな村からのテレビ中継。まずは仏壇に供えて、文字通り拝むように有難がっているお年寄り。これで現政権の支持率が上がったりして、さあ総選挙だなんてことになるのだろうか。乞食根性を利用した政治といえば、お年寄りに失礼かもしれぬが、しかし、やはり日本とはこの程度の国なのだと、なんとも絶望的な気分になって、口汚い言葉を吐き出してみたくもなる。くれるというなら貰うしかないのだが、それに義理だてて一票を投じるのが日本の律儀な美徳だというようなはなしには虫唾が走る。

きっともう誰もが忘れていたであろう川崎の投げ捨て事件、無期懲役の判決が出たというニュース。
例えばである。再婚した夫婦がいたとして、3人の子どものうち、上2人の女の子は母親の連れ子、末の男の子が父親の連れ子で、姉たちと弟はとても仲が良かった。父親は、息子以上に娘たちに愛情を注いだ。血が繋がっていないからこそ、そうすべきなのだというような、ナイーブな優しさを持っていた。そんな父親がリストラされて、虫も殺せぬような性格、優しすぎるが故に鬱病を患い、やがて許されぬ犯罪を犯す。もちろん、擁護するつもりはない。その罪に対する量刑がどうだこうだというつもりもない。ただその息子が、「心配させてごめん」と友達にメールを送ったきり、血の繋がりを失った家族の元を離れて、以来行方を友達に知らせることもなく、たったひとり孤独にどこかで生きている。そんな僕の息子と同い年の少年がいるとしたら、僕はこみあげる涙を押さえきれないであろう。君に罪はないのだから、どうか幸せであってくれと願うだろう。

メリルリンチの役員報酬が33億円というのは、どう考えたって高過ぎる。これほどわかり易い話は、そうあるものじゃない。どうしても腹の虫がおさまらない。

啓蟄の「蟄」は、虫や蛇の冬ごもりのこと。つまり、啓蟄には、蛇もまたその顔を出し、弱き虫たちを食うのである。