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カテゴリ: 《過去のノート》
〈夢の手記〉
僕は鬱蒼としたジャングルの中を塒へと向かっていた。
頭上には腕のように太い幾本もの蔦が、複雑な模様を織り出していた。その内の特に太い一本は灰色の蛇だった。
突然そこに角の無い鹿が現われ、その大蛇を銜えて、そして猿のように枝から枝へと飛び去っていった。
僕が塒へ着くと、その片隅にさっきの鹿がその巨体を横たえていた。このジャングルの、僕を含めた全ての動物たちが塒を共有しているという観念を、僕はごく自然に受け入れていた。
蛇は鹿に飲み込まれていた。その蛇は未だ鹿の食道の中途にいてもがいているのであろう、鹿の喉は生々しく波打っていた。鹿は、蛇の力がやがて衰えるのを静かに待っていた。それは、あたかも小動物を飲み込んだ直後の蛇の姿だった。
僕は、苦しんでいる蛇に対する哀れみからか、横たわる無抵抗の鹿に向かって、何かひどくあくどい事をしたようだったが、いったい何をしたのか、目覚めた僕がそれを思い出すことを何かが妨げている。蛇は僕に救われたのか、ついに鹿の口からその頭を覗かせ、首をくねらせて鹿の喉笛に食い付いた。鹿は悲鳴を上げた、まるで後悔でもしているかのように。だが、鹿の悲鳴は僕の悲鳴だった。鹿の体内にまだ残されているはずの蛇の胴体に僕の右足が飲み込まれていたのだ。僕は今までのように冷静でいられるはずはなかった。僕は今度は懸命に僕自身の右足を救い出した。見ると、鹿はすでに息絶えていた。蛇は半死半生でぐったりしてはいたが、時が経てばその傷は癒えるに違いないと思われた。
全てがコンクリート色の世界だった。
僕は、何故か僕の喉に引っ掛かっている蛇の堅い皮を、必死に吐き出そうとしていた。そうしながら僕は考えた。「青々としたあの懐かしい草原へすぐにも出て行こう。」それは容易なことのように思えた。なぜなら、僕の今いるこのジャングルは、広大な草原に囲まれた、ちっぽけな長方形の世界なのだから。

8月26日火曜日: 三太郎からの使者

カテゴリ: 三太郎
こんばんは。始めてお目にかかります。三太郎の執事で御座います。

三太郎の命により、お届けものを持参して参りました。
いえいえお構いなく、すぐに退散いたします。ただ、このところの三太郎様のご様子もお伝えしておいたほうがよろしかろうと、いえ三太郎様にお変わりはございません。ただ、三太郎様は、あなた様のことを大変お気にかけているようで、そのことをお伝えしておきたいと、わたくしめの勝手な考えで御座います。

今月の初め頃でしたでしょうか、あなた様が《頭痛日記》なるものを認め始められたのは。三太郎様はその時、こんなことをおっしゃっておられました。
「いよいよ、穴ぼこから出てきたようですよ。でもそれが頭痛日記とはねえ。屈折しているにも程がある。沖縄沖縄と何かと匂わしておられるが、このペースだと沖縄にたどり着くのはいったいいつのことになるのやら。」
そう語る三太郎様はとても楽しそうでいらっしゃいました。
「しかし、なぜ《穴ぼこ》から《頭痛》に到る84年から86年の、ほぼ2年間をすっ飛ばしてしまわれたのだろう。たぶん、そこに大きな秘密があるはずなのだが、しかしそれについても、今後ちょこちょこと小出しにしていかれるらしい。注意していないと、読みすごしてしまうね。できれば読みすごしてもらいたいというような意志も感じる。しかし、こんなややこしい構造のブログらしきもの、私くらいコアな読者でなければ全く理解不能ですね。まあ、ご本人は伝えるということを半ば諦めていらっしゃるらしい。死んだ後に、子供達だけでも読んでくれればいいくらいに考えておられるのでしょう、きっと。」
そのお顔はまじめではありましたが、でもどこかアカデミックな研究についてお話されているようで、それはそれで楽しんでおられるようでした。

しかし、ここ数日、三太郎様の様子が一転したのです。眉間に皺を寄せて、なにかとてもご心配なことがおありなご様子、わたくしは、どうかいたしましたかと、お声をかけずにはいられませんでした。
三太郎様はわたくしの質問にはお答えにならず、その代わり、三太郎が数日前、あなた様の書斎に潜り込んで持ち出した古いノートを、お返しに行くようわたくしに御命じになったのです。
お詫びが後になってしまいました。大変申し訳御座いませんでした。三太郎の勝手な振る舞い、いくらあなた様よりお許しを頂いているとはいえ、あなた様の命より大切なノートを持ち出すなどもってのほか、心よりお詫びいたします。でも、これも三太郎のあなた様への思いがさせたこと、どうかお許し頂きたいと存じます。
今晩はそのお預かりしたあなた様の大切なノートをお返しに上がった次第です。あなたに知られずに持ち出したものですから、やはりそっとお返しすることもできたのですが、あえてお詫びを兼ねてお会いするよう、三太郎より申し付かったのです。そしてもうひとつ、三太郎様からあなた様へのご伝言が御座います。
まず、これを見ていただきたいのです、あなた様の古いノートに引かれた新しいアンダーラインです。1983年7月、あなたが公開することをしなかったメモです。

文学座アトリエ「G・R・ポイント」
…感動、上質の演技、だが深遠さの欠如、演出助手T君の思い、それら全てのアンバランス
……舞台と現場の現状との差異という現実。

〈ペスト〉=理性の破壊。(脳と肺が侵される。)肉体の復権。カミュの「ペスト」、既成小説の否定。新たな小説の模索。〈小説の自己否定〉
〈エイズ〉=性欲の破壊。新たな理性の時代へ。芝居のモチーフとして。肉体崇拝への警鐘。新たな演劇。〈演劇の自己否定〉

「飲食より、呼吸の方が、上等な作用である」
(森鴎外「ヰタ・セクスアリス」)

そしてこのアンダーライン、二箇所の「自己否定」の文字に引かれた二本の線、これは、あなた様が最近引かれたものですね。もうお隠しになる必要はありません。腎臓癌は脳と肺に転移するのですよね。ただ、三太郎様もただ者ではありません。あなたのお体を心配しているのではない。事実あなた様が簡単に死ぬはずはないと確信されておられますし、たとえこの現実であなた様が死んだとしても、お悲しみにはならないでしょう。そうではなく、あなた様が「自己否定」の文字にアンダーラインを引いたということなのです。もしかしてあなたは、また原罪というような、無味乾燥な穴ぼこへ戻ろうとしておられるのではないですか。もしそうなら、それだけは絶対におやめいただきたいと、そのことをはっきりとお伝えしてこいと申し付かったので御座います。
加えて、三太郎が心配しているなどとは決して言うなとの命令だったのですが、わたくしの一存でお話してしまいました。このことは、三太郎様には内密にお願いいたします。わたくしが叱られてしまいますので。

長々とお邪魔いたしました。わたくしがこれ以上申し上げることは何もございません。これで失礼いたします。お元気でお過ごしください。


8月15日金曜日:

カテゴリ: 書斎で書くこと
棘を刺さぬ優しさが正しい訳ではない。
僧侶を嫌う者はいないが、はたして僧侶はそれで幸福なのか。
僧侶を慕って集まる衆生は、一体何者なのか。僧侶は、その浅ましい正体に眼を瞑る。

脇腹に刺さった棘を、そこから流れ出る青き血の色を、よくよく眺めて見るがいい。
お願いです。抜いた棘の傷跡が疼くのです。
そしてようやく、棘を抜いた跡の数だけが幸福を量る目安であることに気づくのだが、失った重さが帰ってくることはない。

ある時、行水する僧侶の背を流した。その背には、夥しい棘が、抜かれぬままに朽ちていた。
衆生は、その背に縋りつき、いつまでも激しく嗚咽し打ち震えていたのだ。

嗚呼、あなたのその静けさは、もの見ぬ意思の表れではなく、ましてや幸福の安らぎなどであるはずもなく、ただただ生きることの苦しみを耐えていたのですねと、このことを、わたくしはどなたにお伝えすればよいのですかと、もはや屍となった僧侶の背に、いつまでも縋りつき、激しく嗚咽し打ち震え続けていたのだ。

あなたさまがお赦しになったものは……

明日、懐かしい人に会うのです。


8月12日火曜日: 先を急ぐしかない

カテゴリ: 社長のつぶやき
腎臓がんの定期健診でCT撮影。もういい加減毎年の被爆には飽き飽きしているが、完治のない腎臓がんだから、致し方ないらしい。
人様の無責任なご都合なんか構っちゃいられない。時間が足りないかもしれないのだから、やり残しちゃ可哀想なのだから、僕は傍若無人に先を急ぐしかない。始めたことに、早いところ責任を取らなければ、落ち着いて死ぬこともママならぬ。

Yuigon nado sitatamete iru hima ga aru no nara, dareka no koto wo toyakaku itte-iru hima nado aru kurai nara…
Tama niha honto no koto iwasete hosii. Mizukara no tiisasa wo minai hito bakari. Jibun mo mata… Mottainai jinsei ga itaru tokoro ni korogatte iru. Tugi ha nijuu-go niti, sono hi ha unmei no hi nanoka, dou-ka…


7月24日木曜日: 実験的二人称小説

カテゴリ: 社長のつぶやき
お前は、それでも、社長としてやるべきことの全てができない。
月末だというのに、歌なんか歌っているから、金の計算ができない。
お前の平均睡眠時間は3時間半なのにそれでも。
ひらがなのじっけんなんかやっているから、憎たらしい。
お前は好きなことやっているらしいと、好きなことやっている者が、聞こえぬように呟く。そっちから見ると、どんなふうに見えるのだい。アホらしいはなしだね、そう思えれば、救いもあるのだが。
金なんか、ないほうがいい。
誰もが、他人のような素振りして通り過ぎてゆく。いったい誰のために、どんな思いで仕事を工面してきたか、みんな知らんぷりして、やはり他人のような素振りで通り過ぎてゆく。
おきなわが救ってくれるかもしれないと、必死に楽しんでみる。どうやらお前は好きなことやっているらしいと、好きなことやってもいない自分勝手な者たちが、ちょうどお前に聞こえるか聞こえないかくらいの呟きで呟く。
金は、だからあるほうがいい。
断じて言うが、誰よりもお前は考えている。誰よりも命をすり減らして考えている。
もしかして、君は本当に地図が好きなのかい? そうかそれならなんとかしてみよう。騙されていることがわかっているのに、お前はやっぱり誰よりも地図を思い浮かべて、君の地図の明日について思いをめぐらしている。例えば、誰もやってこない一人っきりの日曜日の事務所の中で、鳴るはずのない電話を見つめているのだ。鳴らぬ電話は通じないと思い込んでいるのはいったい誰なのだろう。
潔く諦めてしまえば簡単な話。
金は、だからあるほうがいいが、それは君に限ったことではないというわかりきったことを、わからないわからずやがいるので、きっと金なんか、ないほうがいい。欺瞞の笑顔は、暴かれた時、惨たらしいから、断固として金なんか、ないほうがいい。
何度でも断じて言う、誰よりもお前は誰かの金のことを考えている。くれぐれも言っておくが、他人の人生を抱えられるわけないのだが、お前は何人かは抱えられるのかもしれないなんて勘違いしている。
それがうっとおしいというのなら、黙って消えてみるのがいい。君か、お前が。
それにしても、君は男の子なのだから、君のことを心配するなど失礼なことなのだから、どうぞ黙って消えてみるがいい。
とにもかくにも至極当たり前の話だが、男の子ならみっともないことはやめた方がいいということだ。お前か、君か。
たったひとりの片腕が見つかれば、お前はきっと、いつでも黙って消えることができるのにと、お前はいつも愛されたがっている。



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