«Prev || 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 || Next»
カテゴリ: 《過去のノート》
「出来事は《行と行の間》に起きるのではなく、直接に話されねばならぬ。俳優たちは(中略)行と行の間で彼らを待っている《なにか表現しようもないもの》にたよろうとする。だがそれによって《表現し得るもの》や《すでに表現されたもの》を無意味にしてしまうから、こういうやり方は有害である」
(ブレヒト)……単なる芝居のはなし

「日本人は最も大切なことは、言葉によらず言外によるから、これはもういかんともしがたい。従って日本人にうけ入れられるのは、この言外によることになってしまう。それはもう聖書ではない」
「第一歩はお互いに非常に理解しがたいことをまず率直に理解することであろうか」
(イザヤ・ベンダサン)……仮名で書くペテン

「現在と対話しようと思ったら、自分をからっぽにし、想像力の活動を禁止しなければならないのだ」
(ジャン・ヴォーチェ)……小説の一節を引用する馬鹿らしさ



カテゴリ: 《過去のノート》
井伏鱒二の残した言葉……
「書くことが無いのでイロハを書こうと思った。」

太宰治にとって、井伏鱒二はどんな存在だったのか。
太宰は……   やめた。

イロハニホヘト
カテゴリ: 《過去のノート》
東京の夜。
サルトルは、ラシーヌよりもコルネイユだと言う。わからないでもないが……。
カミュはモラリストの文学であるところのフランス文学に就いて曰く「古典のモラルは批評的モラルでありネガティヴだ。反対に二十世紀のモラルはポジティヴだ。それは生のかたちを定める。」ポジティヴなモラリスト-スタンダール、バレス、モンテルラン、マルロー、ジイド。カミュは、その中に古典から唯一人コルネイユを加える。判断不能。無味乾燥な分類。



6月 8日月曜日: 《1983年7月7日のノート》

カテゴリ: 《過去のノート》
革命を幻想するという麻薬。
崖崩れで自殺することができる確率。

(トーマス・マン「神の剣」)
「恥を知らぬ子供や、厚かましい無遠慮者の無智を、称揚と怪しからぬ美の礼賛とでもって、是認し鼓舞し権力づけるというのは、それは罪悪です。なぜならそういう無智は、悩みとは縁のない、解脱とはなおさら縁遠いものだからです。」

(パスカル「パンセ」断章327)
「すべての人がその誕生においてあるところの全く自然的なる無知」と「大いなる精神の人々が到達するところの無知」

中間者たちの、浅はかな口論が氾濫する僕の脳髄。
苦悩という主題。
苦悩という名の、死を待つ逸楽。

カテゴリ: 《過去のノート》
〈不条理〉を乗り越えるもの、誤謬を許すものは……、「美」なのか、「愛」なのか。

だが決して急がぬ事。「厳密な理性」の背後に必ず「苦悩」があるように「美の観念」は「美」によって支えられ「愛そのもの」は「愛の観念」より前に存在している。

かつて、ひとりの男がこう語った。
(「わがいのち月明に燃ゆ」林伊夫)
「ぼくが感じるこのたまらない空虚さ。この原因は、知的探求心に価値の絶対的優位をおいてきた誤謬の結果である」
「ぼくの現在の危機は精神の動揺なのだ。そして知的好奇心の外に自分の拠りどころを持たなかった生命全体の動揺なのだ。これを救い得る唯一のものが、愛の認識である」

«Prev || 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 || Next»