7月29日水曜日: 《1984年7月23日のメモ》
カテゴリ: 《過去のノート》
7月15日水曜日: 《1984年7月15日のノート》(25年前の今日)
カテゴリ: 《過去のノート》
明るく、そして大きな窓から吹き込んでくる爽やかな風が
一緒に住む決意を二人のもとに運んで来たというなら
その窓に
まず純白のレースのカーテンを掛けなさい
硝子は一点の曇りも無いように
桟には一時も埃の無いように
よく磨いておきなさい
君達は子供なのだが
それは全くそうなのだが
人として生きていく佇まいということを
少しばかりの先輩として
僕は伝えておきたかったのです
つまり
僕の部屋の窓には
あの懐かしい風が訪れることは
もう永久にないだろう
薄汚れた、たったひとつの窓
つまり
だから
せめて君達は
一緒に住む決意を二人のもとに運んで来たというなら
その窓に
まず純白のレースのカーテンを掛けなさい
硝子は一点の曇りも無いように
桟には一時も埃の無いように
よく磨いておきなさい
君達は子供なのだが
それは全くそうなのだが
人として生きていく佇まいということを
少しばかりの先輩として
僕は伝えておきたかったのです
つまり
僕の部屋の窓には
あの懐かしい風が訪れることは
もう永久にないだろう
薄汚れた、たったひとつの窓
つまり
だから
せめて君達は
7月11日土曜日: 《1984年1月26日の午後のノート》
カテゴリ: 《過去のノート》
朝のノートを修正してみる……
僕と交渉を絶って 死んでしまった自然。
あの風景たちの 捨て去られた思い出。
無感受性と幸福との 悲しい共犯関係。
抜け出すのは 容易ではない。
抜け出す気も ない。
僕と交渉を絶って 死んでしまった自然。
あの風景たちの 捨て去られた思い出。
無感受性と幸福との 悲しい共犯関係。
抜け出すのは 容易ではない。
抜け出す気も ない。
5月 6日水曜日: 《1984年3月25日のノート》
カテゴリ: 《過去のノート》
漫談を聞きたくて、お前に会いに来たわけではない。だから思わず叫んだのだ.
「バカヤロー!」
「私は真実のみを、血まなこで、追いかけました。私は、いま真実に追いつきました。私は追い越しました。そうして、私はまだ走っています。真実は、いま私の背後を走っているようです。」
大笑いさせられたのさ。笑いすぎて苦しくなった。
「苦しみ多ければ、それだけ報いられるところ少し。」
最早許しがたい。腹が立ってきた。
「バカヤロー!」
もうやめた。断然やめてやる。いやらしいアイロニーと卑屈な物言いの連続、とてもついていかれない。こんなイヤな奴と友だちじゃなくて、ホントによかった。ああアホらしい、やめたやめた。悪口言うのも嫌になった。だから、悪口やめて、誉めてやる。
正しい解釈などありえない。解釈した人間の数だけ解釈がある。
「パンドラの匣」。
なんてこれ見よがしな題名なのだ。文句三昧。で?
いい。実にいい。この上なく魅力的な間違いだらけの解釈。
「わび、さび、しをり」などよりはるか上位に「かるみ」を置いたという死を越えた晩年の芭蕉。
露の世は露の世ながらさりながら
植物の蔓の伸びていった先に何があるのか…
「伸びて行く方向に陽が当たるようです」
何故か、ともかくいい。そんな春の心境なのだ。
「バカヤロー!」
「私は真実のみを、血まなこで、追いかけました。私は、いま真実に追いつきました。私は追い越しました。そうして、私はまだ走っています。真実は、いま私の背後を走っているようです。」
大笑いさせられたのさ。笑いすぎて苦しくなった。
「苦しみ多ければ、それだけ報いられるところ少し。」
最早許しがたい。腹が立ってきた。
「バカヤロー!」
もうやめた。断然やめてやる。いやらしいアイロニーと卑屈な物言いの連続、とてもついていかれない。こんなイヤな奴と友だちじゃなくて、ホントによかった。ああアホらしい、やめたやめた。悪口言うのも嫌になった。だから、悪口やめて、誉めてやる。
正しい解釈などありえない。解釈した人間の数だけ解釈がある。
「パンドラの匣」。
なんてこれ見よがしな題名なのだ。文句三昧。で?
いい。実にいい。この上なく魅力的な間違いだらけの解釈。
「わび、さび、しをり」などよりはるか上位に「かるみ」を置いたという死を越えた晩年の芭蕉。
露の世は露の世ながらさりながら
植物の蔓の伸びていった先に何があるのか…
「伸びて行く方向に陽が当たるようです」
何故か、ともかくいい。そんな春の心境なのだ。
5月 4日月曜日: 《1984年1月26日のノート》
カテゴリ: 《過去のノート》