7月12日土曜日: 《1984年の夏の始まりのノート》
カテゴリ: 《過去のノート》
夢を見た。
少女が居た。少女には一人の弟があった。父親は小柄だががっしりした体格だった。母親は「母」という相貌と「母」という性格を持っていた。祖母はきっと少女を愛していた。五人の家族は、公園のある遠い街へ移り住むために、一台の小さな車に体を寄せ合うようにして乗っていた。
運転している父親が、ハンドルを握ったまま肩越しに子供たちに告げる。
「もしお前たちが、あの公園を気に入らなければ、すぐにも住み慣れた街へ戻ろう」
少女は思った。
(だったら、気に入らないと言ってしまおう。そうすれば全部終われるんだから……)
それはとっても簡単なことに思えた。
しかして、遠い街のその公園は、少女にとって全く気にいるものではなかった。
(素敵な公園だったら良かったのに、そうしたら「気に入らない」と、あっさり言えたのに……。)
少女は、〈けしの花〉の咲き乱れるその公園を、必死に気に入ろうとした。
夢の中の少女は、僕の意志のようだったが、僕は確かに傍観していたのだ。
朝方、また別の夢を見た。
その薄暗い山荘は沢山の人間で混雑していた。僕は誰かを探していた。あの少女が必死に公園を気に入ろうとしていたように、僕は誰かを必死に探していたのだ。だが、探している人の顔を、僕はどうしても思い浮かべる事が出来なかった。
人々は僕に全く無関心のようだった。そして、それは一種の平安だった。
ガルシンの、「赤い花」の、「罌粟(けし)」の花の、その象徴の、意味・・・
「これまでは推理や憶測の長い道程を経て到達したことを、今では直覚的に認識する。哲学が作り上げたものを、僕は現実的に把握したのです。」
夢もまた現実か。心理学は「現実」を扱うのか。しかし……。
大江健三郎の「鳥」。
「睡気は現実の一部ということだ、《現実》は鳥たちのように柔らかくせんさいな感情をもっていない。かれのごく微細な合図だけでたちまち消えさって行く《鳥たち》にくらべて、《現実》は決して従順でなく頑固にかれの部屋の外側に立ちふさがっていて、かれの合図をはねつける。《現実》はすべて他人の匂いを根強くこびりつかせているのだ」
「おれはこのやりきれない生活を少しの幻影もなしにくらしていくことになるのだろう、しかも気違い女にまといつかれながらだ、ああなんというやりきれない生活だろう」
「毎日ただこの感触を感触として生きていたら
ずいぶん楽しいことなんだが」
そうだそうだと、僕は賢治を読んでいたんだ。
「潮汐や風
あらゆる自然の力を用いつくすことから一歩進んで
諸君はあらたな自然を形成するのにつとめなければならぬ」
精神を肉体に還元する可能性について、なるほどこういう言い方もあるのかと、そうかそうかと、僕は賢治を読んでいたんだ。
夕方、開け放った窓から、涼しい風がやってきた。
「諸君はいまこのさっそうたる
諸君の未来圏から吹いてくる
透明な清潔な風を感じないのか」
そうして、僕は感動していたんだ。感動しながら「密室の美学から開放された詩人」賢治を、僕は読んでいたんだ。だが、密室に閉じこもった詩人なんているんだろうかと、僕は「密室の美学」を始めてしまったんだ……
(宮沢賢治に大地と農業があったように、例えば晩年のバイロンにはギリシア独立戦争があったのだ。多くの詩人たちが恋の詩を残したのは、彼らが恋をしたからなのだ)…
やがて夜が更けてくると、僕はますますつまらない言葉で考え始めていたんだ。
(愛し合い、理解し合い、尊敬し合うという単純なこと……)
つまり、これが〈肉体を持たない言葉〉という奴なのだ。そうは判っていても、僕は夜の密室にすっかり閉じこもっちまったんだ。
(傍観者とは勇気ない人の意ではなく真の善の体現者ではないのか)
というふうに。
少女が居た。少女には一人の弟があった。父親は小柄だががっしりした体格だった。母親は「母」という相貌と「母」という性格を持っていた。祖母はきっと少女を愛していた。五人の家族は、公園のある遠い街へ移り住むために、一台の小さな車に体を寄せ合うようにして乗っていた。
運転している父親が、ハンドルを握ったまま肩越しに子供たちに告げる。
「もしお前たちが、あの公園を気に入らなければ、すぐにも住み慣れた街へ戻ろう」
少女は思った。
(だったら、気に入らないと言ってしまおう。そうすれば全部終われるんだから……)
それはとっても簡単なことに思えた。
しかして、遠い街のその公園は、少女にとって全く気にいるものではなかった。
(素敵な公園だったら良かったのに、そうしたら「気に入らない」と、あっさり言えたのに……。)
少女は、〈けしの花〉の咲き乱れるその公園を、必死に気に入ろうとした。
夢の中の少女は、僕の意志のようだったが、僕は確かに傍観していたのだ。
朝方、また別の夢を見た。
その薄暗い山荘は沢山の人間で混雑していた。僕は誰かを探していた。あの少女が必死に公園を気に入ろうとしていたように、僕は誰かを必死に探していたのだ。だが、探している人の顔を、僕はどうしても思い浮かべる事が出来なかった。
人々は僕に全く無関心のようだった。そして、それは一種の平安だった。
ガルシンの、「赤い花」の、「罌粟(けし)」の花の、その象徴の、意味・・・
「これまでは推理や憶測の長い道程を経て到達したことを、今では直覚的に認識する。哲学が作り上げたものを、僕は現実的に把握したのです。」
夢もまた現実か。心理学は「現実」を扱うのか。しかし……。
大江健三郎の「鳥」。
「睡気は現実の一部ということだ、《現実》は鳥たちのように柔らかくせんさいな感情をもっていない。かれのごく微細な合図だけでたちまち消えさって行く《鳥たち》にくらべて、《現実》は決して従順でなく頑固にかれの部屋の外側に立ちふさがっていて、かれの合図をはねつける。《現実》はすべて他人の匂いを根強くこびりつかせているのだ」
「おれはこのやりきれない生活を少しの幻影もなしにくらしていくことになるのだろう、しかも気違い女にまといつかれながらだ、ああなんというやりきれない生活だろう」
「毎日ただこの感触を感触として生きていたら
ずいぶん楽しいことなんだが」
そうだそうだと、僕は賢治を読んでいたんだ。
「潮汐や風
あらゆる自然の力を用いつくすことから一歩進んで
諸君はあらたな自然を形成するのにつとめなければならぬ」
精神を肉体に還元する可能性について、なるほどこういう言い方もあるのかと、そうかそうかと、僕は賢治を読んでいたんだ。
夕方、開け放った窓から、涼しい風がやってきた。
「諸君はいまこのさっそうたる
諸君の未来圏から吹いてくる
透明な清潔な風を感じないのか」
そうして、僕は感動していたんだ。感動しながら「密室の美学から開放された詩人」賢治を、僕は読んでいたんだ。だが、密室に閉じこもった詩人なんているんだろうかと、僕は「密室の美学」を始めてしまったんだ……
(宮沢賢治に大地と農業があったように、例えば晩年のバイロンにはギリシア独立戦争があったのだ。多くの詩人たちが恋の詩を残したのは、彼らが恋をしたからなのだ)…
やがて夜が更けてくると、僕はますますつまらない言葉で考え始めていたんだ。
(愛し合い、理解し合い、尊敬し合うという単純なこと……)
つまり、これが〈肉体を持たない言葉〉という奴なのだ。そうは判っていても、僕は夜の密室にすっかり閉じこもっちまったんだ。
(傍観者とは勇気ない人の意ではなく真の善の体現者ではないのか)
というふうに。
7月 6日日曜日: 《1984年10月9日のノート》
カテゴリ: 《過去のノート》
今夜どこかで会おうと、ずっと前にAと約束してあった。彼女からの電話で会う場所を決めることになっていたが、それが断りの電話になった。
おとといのこと。
三人とも黙っていた。少なくとも僕にとっては、沈黙は苦痛ではなかった。何も考えてはいなかったが、空虚でもなかった。
「つまんないでしょ、あたしたちと飲んでも。」Aがぽつりと言う。
「そんなことはない。」と、僕は正直に答えた。
「こいつは、いろいろ考えてるんだよ。」と、あいつが言う。
「いや、それも違う。」
「そう言うと思った。わかってて言ったんだよ。」
〈相変わらず、おまえはいつもそうやって俺を利用する〉
僕はトイレにたった。そして放尿しながら考えた。
〈あいつの沈黙も空虚ではなかったということか。つまり、あいつと俺とは似通った場所にいたという訳だ。ことさら何も無いが、それでいて空虚でもない場所。空気のようなものだが、空気を感じているわけではない。しかし理屈で空気の存在を理解してしまっているという絶望感。男の理屈。辛いのは結局彼女なのだ。女は、きっといつだって具体的な場所で悩んでいる。女にとって、空気は理屈ではない。〉
彼女としては大声で僕に愚痴りたいこともあったのだろうが、おととい、ひょんなことで三人で飲むことになってしまって、もしかしたらその時の僕の沈黙が、すっかり彼女の気分を萎えさせたのかもしれない。結局、あんたもあっち側の人なのねというふうに。
僕は女ではないので、半分くらいは当たっている。
おとといのこと。
三人とも黙っていた。少なくとも僕にとっては、沈黙は苦痛ではなかった。何も考えてはいなかったが、空虚でもなかった。
「つまんないでしょ、あたしたちと飲んでも。」Aがぽつりと言う。
「そんなことはない。」と、僕は正直に答えた。
「こいつは、いろいろ考えてるんだよ。」と、あいつが言う。
「いや、それも違う。」
「そう言うと思った。わかってて言ったんだよ。」
〈相変わらず、おまえはいつもそうやって俺を利用する〉
僕はトイレにたった。そして放尿しながら考えた。
〈あいつの沈黙も空虚ではなかったということか。つまり、あいつと俺とは似通った場所にいたという訳だ。ことさら何も無いが、それでいて空虚でもない場所。空気のようなものだが、空気を感じているわけではない。しかし理屈で空気の存在を理解してしまっているという絶望感。男の理屈。辛いのは結局彼女なのだ。女は、きっといつだって具体的な場所で悩んでいる。女にとって、空気は理屈ではない。〉
彼女としては大声で僕に愚痴りたいこともあったのだろうが、おととい、ひょんなことで三人で飲むことになってしまって、もしかしたらその時の僕の沈黙が、すっかり彼女の気分を萎えさせたのかもしれない。結局、あんたもあっち側の人なのねというふうに。
僕は女ではないので、半分くらいは当たっている。
6月14日土曜日: coffee break《1984年3月24日のノート》
カテゴリ: 《過去のノート》
太宰治「僕はね、お道化を演じて、そうして人に可愛がられたのです。でも、あの淋しさはたまらなかった。空虚だった。」
アンドレ・ジイド「愛サレテイナカッタノデスカ?」
太宰治 「どうかな、でもそう思い込んではいた。」
別役実「誉められるけれど、決して愛されない人間でした、僕は。」
太宰 「いずれにしても、そんなことはどうでもよくなっちまった。十六才になったらカタリと変わった。悪の存在が、困難な問題がわかったんです。」
ジイド「ツマリ、愛ノ問題デハナイトイウコトデスネ。」
太宰 「それもどうかな。ともかく、そうしたら毎日不機嫌になった。知恵の実を食べると、人間は笑いを失うものらしい。」
ジイド「ソレハ私モソウ思イマス。マコトニ幸イナルカナ、己ガ幸福ヲ知ラバ、トイウノハ、べるぎうすノ句デスガ、シカシ私ハ、マコトニ幸イナルカナ、己ガ不幸ヲ知ラザリセバト言イイタイノデス。」
太宰 「でもね、それだけじゃ当たり前過ぎてつまらない。その先があるんだ。僕は戦おうと思ったのです。知恵の実は孤独の他に怒りをも教えてくれたのだ。」
ジイド「ソシテマスマス愛カラ遠ザカル……」
別役 「陰険な精神は武器になるのですよ、きっと。」
ジイド「主ハ、微笑ヲモッテ正義ヲナセトオッシャッタ。」
太宰 「そうできれば爽快でしょう。だが僕は正義ではなく真理の話をしているのです。真理の発見は人間に爽快な快楽など決して与えやしない。知恵の実は苦しいものなのだ。」
別役 「あなた、ことさら演技していませんか。あなたの愛しているのは本当に知恵なのですか、それともそういうあれではなくて……。」
太宰 「たぶん、僕には不幸を愛する傾向があるんだね。」
別役 「あの『地下室の手記』をお薦めします、ドストエフスキーの。」
ジイド「本当ノ幸福トハ何ナノデショウ。かとりっくカ、ぷろてすたんとカ、ソレガ問題デス。」
太宰 「そんなものですかね……」
別役 「よくわかりません……」
ジイド「……何カ答エテクダサイ。何事ヲモ為サザルハ罪ヲナシツツアルナリデス。」
太宰 「そう言われてもね、僕はニーチェではないし、だからヒトラーでもナポレオンでもないんだ。」
別役 「ラスコーリニコフも、結局ナポレオンにはなれませんでした。だから『罪と罰』 はだめなんです。」
太宰 「まわりくどい批判ですな。だが、少なくとも僕は男だ。」
別役 「そういうのが芝居がかってるのです。」
太宰 「じゃあ、君は何? 芝居屋じゃないのかね」
別役 「違うのです、少し。例えば、あなたとか……。」
太宰 「淡々とした本物の幻滅……」
別役 「そういう展開、たとえば、つかくんとか……。」
太宰 「行き着く所は絶対孤独。」
別役 「いいえ、いきつくところは地下室なのです。」
ジイド「ソノ前ニ、マズハ狭キ門デス。」
太宰 「後は、自殺か、それとも阿呆か。」
ジイド「自殺デス。」
別役 「いいえ、やはり地下室です。」
太宰 「わが友の、笑って隠す淋しさに、われも笑って返す淋しさ。」
ジイド「何デスカ、ソレ。」
太宰 「僕ね、昔日記にこんな事書きました。近頃の僕の生活には悲劇さえない。」
別役 「確かに、それが一番悲劇かもしれません。」
ジイド「ソノトオリデス。」
太宰 「神様が高笑いしちゃいないかね。」
ジイド「ツマリ、問題ハ生活トイウコトデスカ?」
別役 「すきません?」
ジイド「ハァ?」
別役 「つまり、おなかはすくものなのです。」
太宰 「なるほど、そういう展開ね。」
別役 「ですからね、おなか、すきませんかっていったんですけれどね。」
ジイド「スキマシタ。」
太宰 「日常生活に即した理想が一番だ。」
ジイド「ハイ。」
太宰 「生活を離れた理想は十字架へ行く道なんだ。」
ジイド「ソレハ気ニイリマセン。」
別役 「まあ、この人が言ったのはそういうあれじゃないんですから。」
太宰 「確かに腹へりました。人間の悲惨を知らずに、神をのみ知ることは、傲慢を惹き起す。」
ジイド「ぱすかるデスネ、ソノ言葉ニ免ジテ許シテアゲマス。」
別役 「大袈裟です……」
太宰 「行きましょう。」
別役 「そうしましょう。」
ジイド「ハイ。」
(これは、かの「ゴドーを待ちながら」ではない。従って、彼らは何の躊躇もなく去っていってしまった。「生活の尻尾」とやらをぶらさげて。太宰治氏曰く、「ニヒルと食欲とは、何か関係があるらしい。」)
大喝采のうち、静かに幕が下りてゆく……
amazonへ
アンドレ・ジイド「愛サレテイナカッタノデスカ?」
太宰治 「どうかな、でもそう思い込んではいた。」
別役実「誉められるけれど、決して愛されない人間でした、僕は。」
太宰 「いずれにしても、そんなことはどうでもよくなっちまった。十六才になったらカタリと変わった。悪の存在が、困難な問題がわかったんです。」
ジイド「ツマリ、愛ノ問題デハナイトイウコトデスネ。」
太宰 「それもどうかな。ともかく、そうしたら毎日不機嫌になった。知恵の実を食べると、人間は笑いを失うものらしい。」
ジイド「ソレハ私モソウ思イマス。マコトニ幸イナルカナ、己ガ幸福ヲ知ラバ、トイウノハ、べるぎうすノ句デスガ、シカシ私ハ、マコトニ幸イナルカナ、己ガ不幸ヲ知ラザリセバト言イイタイノデス。」
太宰 「でもね、それだけじゃ当たり前過ぎてつまらない。その先があるんだ。僕は戦おうと思ったのです。知恵の実は孤独の他に怒りをも教えてくれたのだ。」
ジイド「ソシテマスマス愛カラ遠ザカル……」
別役 「陰険な精神は武器になるのですよ、きっと。」
ジイド「主ハ、微笑ヲモッテ正義ヲナセトオッシャッタ。」
太宰 「そうできれば爽快でしょう。だが僕は正義ではなく真理の話をしているのです。真理の発見は人間に爽快な快楽など決して与えやしない。知恵の実は苦しいものなのだ。」
別役 「あなた、ことさら演技していませんか。あなたの愛しているのは本当に知恵なのですか、それともそういうあれではなくて……。」
太宰 「たぶん、僕には不幸を愛する傾向があるんだね。」
別役 「あの『地下室の手記』をお薦めします、ドストエフスキーの。」
ジイド「本当ノ幸福トハ何ナノデショウ。かとりっくカ、ぷろてすたんとカ、ソレガ問題デス。」
太宰 「そんなものですかね……」
別役 「よくわかりません……」
ジイド「……何カ答エテクダサイ。何事ヲモ為サザルハ罪ヲナシツツアルナリデス。」
太宰 「そう言われてもね、僕はニーチェではないし、だからヒトラーでもナポレオンでもないんだ。」
別役 「ラスコーリニコフも、結局ナポレオンにはなれませんでした。だから『罪と罰』 はだめなんです。」
太宰 「まわりくどい批判ですな。だが、少なくとも僕は男だ。」
別役 「そういうのが芝居がかってるのです。」
太宰 「じゃあ、君は何? 芝居屋じゃないのかね」
別役 「違うのです、少し。例えば、あなたとか……。」
太宰 「淡々とした本物の幻滅……」
別役 「そういう展開、たとえば、つかくんとか……。」
太宰 「行き着く所は絶対孤独。」
別役 「いいえ、いきつくところは地下室なのです。」
ジイド「ソノ前ニ、マズハ狭キ門デス。」
太宰 「後は、自殺か、それとも阿呆か。」
ジイド「自殺デス。」
別役 「いいえ、やはり地下室です。」
太宰 「わが友の、笑って隠す淋しさに、われも笑って返す淋しさ。」
ジイド「何デスカ、ソレ。」
太宰 「僕ね、昔日記にこんな事書きました。近頃の僕の生活には悲劇さえない。」
別役 「確かに、それが一番悲劇かもしれません。」
ジイド「ソノトオリデス。」
太宰 「神様が高笑いしちゃいないかね。」
ジイド「ツマリ、問題ハ生活トイウコトデスカ?」
別役 「すきません?」
ジイド「ハァ?」
別役 「つまり、おなかはすくものなのです。」
太宰 「なるほど、そういう展開ね。」
別役 「ですからね、おなか、すきませんかっていったんですけれどね。」
ジイド「スキマシタ。」
太宰 「日常生活に即した理想が一番だ。」
ジイド「ハイ。」
太宰 「生活を離れた理想は十字架へ行く道なんだ。」
ジイド「ソレハ気ニイリマセン。」
別役 「まあ、この人が言ったのはそういうあれじゃないんですから。」
太宰 「確かに腹へりました。人間の悲惨を知らずに、神をのみ知ることは、傲慢を惹き起す。」
ジイド「ぱすかるデスネ、ソノ言葉ニ免ジテ許シテアゲマス。」
別役 「大袈裟です……」
太宰 「行きましょう。」
別役 「そうしましょう。」
ジイド「ハイ。」
(これは、かの「ゴドーを待ちながら」ではない。従って、彼らは何の躊躇もなく去っていってしまった。「生活の尻尾」とやらをぶらさげて。太宰治氏曰く、「ニヒルと食欲とは、何か関係があるらしい。」)
大喝采のうち、静かに幕が下りてゆく……
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6月 6日金曜日: 《裏》を補足する1984年1月18日のノート
カテゴリ: 《過去のノート》
僕は本当の生活というものを知らないのかもしれません。しかし僕は、真理を見極めるために、一生、生活などしたくないと思っていました。考えてみれば妙な話です。生活するために信ずる何ものかが必要だった、だから信ずるに足る真理が欲しかった、つまり生活するためにこそ真理を追い始めたはずなのに、僕は戦う前に敗北しています。結局今の僕は、生活したくないというだけの、ただの呆け者なのかもしれません。
だが、そんなふうにいくら反省したところで、やっぱり真理はないのだから、つまり生活が可能になるわけではありません。相変わらず、真理を見極めようとする事と生活する事とは両立不可能に思えるのです……。
「彼は持って生まれた性格と今日まで受けた教育とに煩わされて、とうの昔に大切な、信ずるという機能を失っていた。まして実行する勇気は、容易に湧いてはこなかった。したがって世間に伍して、目まぐるしい生活の渦の中へ、思い切って飛びこむことができなかった。だから彼はその限りで、広い世間から切り離された孤独を味わうべく余儀なくされた。」(芥川竜之介「路上」)
なるほど、信ずるものがあって、はじめて〈生活〉は可能なのでしょう。だが、信じられる真理などない。けれど、信ずる事において真理が不可欠というわけではないらしい。ならば、人は何をどのように信じているのでしょうか。
「信じるところに現実はあるのであって、現実は決して人を信じさせる事が出来ない。」(太宰治「津軽」)
「化かすと云う事と、化かすと信ぜられると云う事との間に、果してどれ程の相違があるのであろう。」「我々の内部に生きるものを信じようではないか。そうして、その信ずるものの命ずるままに我々の生き方を生きようではないか。」(芥川龍之介「貉」)
芥川は、貉が化かすと本当に信じていたのでしょうか。僕にはとてもそうとは思えない、つまり、何もかもが信じられないのです。
だが、そんなふうにいくら反省したところで、やっぱり真理はないのだから、つまり生活が可能になるわけではありません。相変わらず、真理を見極めようとする事と生活する事とは両立不可能に思えるのです……。
「彼は持って生まれた性格と今日まで受けた教育とに煩わされて、とうの昔に大切な、信ずるという機能を失っていた。まして実行する勇気は、容易に湧いてはこなかった。したがって世間に伍して、目まぐるしい生活の渦の中へ、思い切って飛びこむことができなかった。だから彼はその限りで、広い世間から切り離された孤独を味わうべく余儀なくされた。」(芥川竜之介「路上」)
なるほど、信ずるものがあって、はじめて〈生活〉は可能なのでしょう。だが、信じられる真理などない。けれど、信ずる事において真理が不可欠というわけではないらしい。ならば、人は何をどのように信じているのでしょうか。
「信じるところに現実はあるのであって、現実は決して人を信じさせる事が出来ない。」(太宰治「津軽」)
「化かすと云う事と、化かすと信ぜられると云う事との間に、果してどれ程の相違があるのであろう。」「我々の内部に生きるものを信じようではないか。そうして、その信ずるものの命ずるままに我々の生き方を生きようではないか。」(芥川龍之介「貉」)
芥川は、貉が化かすと本当に信じていたのでしょうか。僕にはとてもそうとは思えない、つまり、何もかもが信じられないのです。