10月25日土曜日: 《1986年12月2日のノート》
カテゴリ: 《頭痛日記》
ゲーテが「ヘルマンとドロテーア」を書いたとき…
ゲーテは家庭を失っていたのか否か。「市民的秩序の喪失感」を抱いていたのか否か。
あるいは、ただ作家の眼で、「市民の家庭」を覗いていただけのことなのか。
さてもこの僕自身のこと。作家でも何でもない、「市民」ですらない僕のこと。
頭痛を治癒した(つまり失った)経験のない僕が、一生頭痛を抱え込むということ。
「おまえはどうするつもりなのだ」
「なるようにしかならない」
サルトルの自由論。
フランス革命における束の間の自由の顕現。その不連続性。
自由と「自由の感覚」の関係。
つまり、自由の実態は、自由の感覚以外の何ものでもないということ。
ヘンリーミラーは叫ぶ。「ぼくは自由なのだ!!」
改めて、「不連続」
僕のだらしのない連続。一見不連続なようだが、その正体は、要するに行き当たりばったり無為無策という情けない連続に過ぎぬ。
ニーチェを読んだら、大江が懐かしくなってきた。
ざまあみろ。だらしない不連続は、頭痛さえ消えてなくなる。このもっともだらしの無かった二日間、あいつはやってこないのだから。
別の頭痛はあるにしても。
ゲーテは家庭を失っていたのか否か。「市民的秩序の喪失感」を抱いていたのか否か。
あるいは、ただ作家の眼で、「市民の家庭」を覗いていただけのことなのか。
さてもこの僕自身のこと。作家でも何でもない、「市民」ですらない僕のこと。
頭痛を治癒した(つまり失った)経験のない僕が、一生頭痛を抱え込むということ。
「おまえはどうするつもりなのだ」
「なるようにしかならない」
サルトルの自由論。
フランス革命における束の間の自由の顕現。その不連続性。
自由と「自由の感覚」の関係。
つまり、自由の実態は、自由の感覚以外の何ものでもないということ。
ヘンリーミラーは叫ぶ。「ぼくは自由なのだ!!」
改めて、「不連続」
僕のだらしのない連続。一見不連続なようだが、その正体は、要するに行き当たりばったり無為無策という情けない連続に過ぎぬ。
ニーチェを読んだら、大江が懐かしくなってきた。
ざまあみろ。だらしない不連続は、頭痛さえ消えてなくなる。このもっともだらしの無かった二日間、あいつはやってこないのだから。
別の頭痛はあるにしても。
10月22日水曜日: 《1986年1月21日のノート》
カテゴリ: 《過去のノート》
もう少し書こう、もう少し何か……
何というか、感情というか、もっと書いておきたいことがあったのだが、結局書けそうもない。あの日あの時のあの考え、忘れたわけではないのだが、いまさら文字にするには何かが足りない。足りないものは〈熱〉よりも〈重さ〉に近い何かだ。
忙しさのせいにするつもりはないが、忙しかった間に何かが切れた。
つなごうとしてみたが、つながらぬ。だから、また新しく始めよう。
何から始めようか。まずは「量子理論」、そしてフッサールの残り、ハイデカーに寄り道してメルロポンティへ、ルソーとスピノザ、ソシュールからレヴィ=ストロース、それからマルクス「資本論」。
ぜんぶやっつけて、それからおもむろに現代哲学へ……
結局、やっぱり僕は手順を踏まねば気が済まないらしい。絶望的な気分。
何というか、感情というか、もっと書いておきたいことがあったのだが、結局書けそうもない。あの日あの時のあの考え、忘れたわけではないのだが、いまさら文字にするには何かが足りない。足りないものは〈熱〉よりも〈重さ〉に近い何かだ。
忙しさのせいにするつもりはないが、忙しかった間に何かが切れた。
つなごうとしてみたが、つながらぬ。だから、また新しく始めよう。
何から始めようか。まずは「量子理論」、そしてフッサールの残り、ハイデカーに寄り道してメルロポンティへ、ルソーとスピノザ、ソシュールからレヴィ=ストロース、それからマルクス「資本論」。
ぜんぶやっつけて、それからおもむろに現代哲学へ……
結局、やっぱり僕は手順を踏まねば気が済まないらしい。絶望的な気分。
10月16日木曜日: 《1986年12月10日の頭痛日記》
カテゴリ: 《頭痛日記》
「黒い雨」を読んでも、僕は何も感じない。僕はあの〈ヒロシマ〉から限りなく遠い。
そしてきっと「アイヌ」からも……。
そんなふうに確認してしまうことが積み重なっていく。
そして最後に残るものは単調な頭痛。
情報過多、こんな言葉も聞き飽きた。もう何が起こっても誰も驚かない。何を見ても感動しない。いつか人間は想像力を失う。明日、自分の住む町に原爆が落ちるかもしれない、そんな時ですら、人はいつかテレビで見たきのこ雲を思い出すだけだ。想像力がなければ恐怖も生まれない。そして次の日、本当に原爆が落ちてくる。
「黒い雨」の一節。
「僕は或る詩人の詩の句を思い出した。少年のころ雑誌か何かで見た詩ではないかと思う。《おお蛆虫よ、我が友よ……》 もう一つ、こんなのを思い出した。《天よ、裂けよ。地は燃えよ。人は、死ね死ね。何という感激だ、何という壮観だ……》 いまいましい言葉である。蛆虫が我が友だなんて、まるで人蝿が云うようなことを云っている。馬鹿を云うにも程がある。八月六日の午前八時十五分、事実において、天は裂け、地は燃え、人は死んだ。『許せないぞ。何が壮観だ、何が我が友だ』 僕は、はっきり口に出して云った。」
書き写し乍ら、僕は僕自身のひ弱な想像力を刺激し続ける。僕の想像力、肥大せよ、と。
そしてきっと「アイヌ」からも……。
そんなふうに確認してしまうことが積み重なっていく。
そして最後に残るものは単調な頭痛。
情報過多、こんな言葉も聞き飽きた。もう何が起こっても誰も驚かない。何を見ても感動しない。いつか人間は想像力を失う。明日、自分の住む町に原爆が落ちるかもしれない、そんな時ですら、人はいつかテレビで見たきのこ雲を思い出すだけだ。想像力がなければ恐怖も生まれない。そして次の日、本当に原爆が落ちてくる。
「黒い雨」の一節。
「僕は或る詩人の詩の句を思い出した。少年のころ雑誌か何かで見た詩ではないかと思う。《おお蛆虫よ、我が友よ……》 もう一つ、こんなのを思い出した。《天よ、裂けよ。地は燃えよ。人は、死ね死ね。何という感激だ、何という壮観だ……》 いまいましい言葉である。蛆虫が我が友だなんて、まるで人蝿が云うようなことを云っている。馬鹿を云うにも程がある。八月六日の午前八時十五分、事実において、天は裂け、地は燃え、人は死んだ。『許せないぞ。何が壮観だ、何が我が友だ』 僕は、はっきり口に出して云った。」
書き写し乍ら、僕は僕自身のひ弱な想像力を刺激し続ける。僕の想像力、肥大せよ、と。
10月14日火曜日: 《1986年12月9日の頭痛日記》
カテゴリ: 《頭痛日記》
民族と愛、それと革命の弁証法。確かに考えていたのだ。だが、〈執拗〉に考えようとしていたか。「資本論」を今年中に読み終えるつもりだったが、見通しは極めて暗い。
世の中に弁証法など、そう都合よく存在するものではない。というより、すべての現実が弁証法の結果なのかもしれぬが、その必然性を証明することなど不可能事だという気がする。結局、それはミネルヴァの梟なのではないか。「世の中とは所詮こんなものでした」といった抹香臭い説教。
何となく身体がだるい。しかし、そういう時は、たいがい頭の方は痛くない。
してみると、冷徹な認識力を放棄することこそが、頭痛に対する特効薬なのかもしれない。
世の中に弁証法など、そう都合よく存在するものではない。というより、すべての現実が弁証法の結果なのかもしれぬが、その必然性を証明することなど不可能事だという気がする。結局、それはミネルヴァの梟なのではないか。「世の中とは所詮こんなものでした」といった抹香臭い説教。
何となく身体がだるい。しかし、そういう時は、たいがい頭の方は痛くない。
してみると、冷徹な認識力を放棄することこそが、頭痛に対する特効薬なのかもしれない。
9月29日月曜日: 《1986年12月7日の頭痛日記》
カテゴリ: 《頭痛日記》
近くにある背の低い山並みは、もうすっかり真暗なシルエットなのに、その背後にそびえる雪を頂く富士は、遠い日の光を浴びて明るく銀色に光って浮かび上がっている。こんな美しい富士山を、僕は初めて見た。
「ここでは色々な富士山が見られるんでしょうね」
「はあ…」
富士の麓で暮らし毎日富士を眺めている人が、妙に感動している僕を不思議そうに見ている……。
気配は数日前からあったのだが、とうとう今日になって〈あいつ〉はやってきた。予め買っておいたアリナミンの封を切る。肩凝りの薬じゃ効くわけないと思いつつ、名古屋あたりで飲んではみたが、案の定大阪に着いても全く効果は現われない。
とたんに憂鬱になる。
「ここでは色々な富士山が見られるんでしょうね」
「はあ…」
富士の麓で暮らし毎日富士を眺めている人が、妙に感動している僕を不思議そうに見ている……。
気配は数日前からあったのだが、とうとう今日になって〈あいつ〉はやってきた。予め買っておいたアリナミンの封を切る。肩凝りの薬じゃ効くわけないと思いつつ、名古屋あたりで飲んではみたが、案の定大阪に着いても全く効果は現われない。
とたんに憂鬱になる。