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カテゴリ: 《過去のノート》
言葉……。
ほろ酔いの僕は考えている。言葉……、僕はそれを未来に開かれたコミュニケーションと呼ぼう。
言葉に対する不信が必然だとしても、人間は言葉に替わる手段を持たない。肉体によるコミュニケーションは閉ざされている。それは、今この時に見つめ合う〈あなた〉と〈わたし〉の、刹那のコミュニケーションに過ぎぬ……。舌足らずだな、と、ほろ酔いの僕は、半眼で考えている。

ままよ……。肉体は未来に対して閉ざされている。肉体が未来を語ることはない。未来に開かれたコミュニケーションの手段は言葉以外にはない……。
今が言葉に対する不信の時代なら、今こそ言葉を問い直す。言葉から逸脱することなく問い直す。言葉を言葉によって問い直す。確かに、君の好きな肉体は嘘を語らない。一方言葉は嘘に塗れている。その〈嘘〉を理由に言葉から離れていった君たち。僕は君たちに言おう。未来を語るということは、まさに〈嘘〉を語ることだ。現実には未だ存在しないことを語ることなのだ。

僕は、言葉にこだわっているのではない、未来にこだわっているのだ、と、ほろ酔いの僕は、目を閉じて考えている。






カテゴリ: 《過去のノート》
船底部屋の小さな丸窓の外はもう暗い。仄かに浮かぶ工場の影が動き始めたところを見ると、どうやら小倉へ向かうフェリーも、近頃あの新しい病気で話題の神戸の港を出航したらしい。相変わらず頭痛がするから、寝てしまえばいいのだけれど、それほどつらくはないし、何かに追い立てられているようで、時間がもったいないような気もして、それで稲垣足穂を読み出した。この軽さが丁度良い。
 
今や問題は性ではなく暴力だ、とインポテンツの僕は考えた。足穂の文庫本を脇へ置いて、僕は連想ゲームを始めたのだ……

《稲垣足穂に対する反ニーチェ的反応》
カラフルなイルミネーションで飾られた夜の神戸の繁華街を青白く照らす月。その月が沈んで、太陽が月に替って朝になれば、そこは実は生ゴミの山。事務所の中では頬に傷のあるそのスジの男たちが金勘定しているのだ。結局問題は、月が本当は三角形であって、その三角形の月が非常な高速で回っているからこそ、月は丸く見えるのだという事にあるらしい。○が△を隠している。もはやわかりきったことだが、つまり性の実体は暴力であるということなのである。だがしかし、踊り子のバタフライは三角形ではないか。そうか、今や○(見かけの月=性)が△(真実の月=暴力)を隠すのではなく、△(暴力)が、あるいは▼(バタフライ=暗黒の暴力)が○(性)を隠すのだ。バタフライは生ゴミを覆うイルミネーション、そしてそれは、売春宿に行けずにストリップ小屋に通う哀れな不能者たちの象徴なのだ。タルホ氏の教えによると、こうした事を研究するのは、物理学者以外には適任者はないのである。そういう訳だから、この頭痛の原因がたとえ煙草だとしても、僕は物理学者として、どうしても煙草を止める訳にはいかないのである。

何故日本初の患者がこの神戸から現れたのか、なるほどそういう事であったか。つまり……

1)現代のペストを恐れてインポテンツとなった男たちは、売春宿から遠ざかりストリップへと走る。
2)バタフライは三角形である。
3)月が三角形である事を発見したのはイナガキ・タルホである。

これだけ資料があれば答えを出すのも簡単である。つまり、〈稲垣足穂=INAGAKI・TARUHO〉の化身たる〈大浦近蟹=OHURA・TIKAGANI〉は、何を隠そう神戸産の蟹なのである。これこそ物理学者としての、僕の最初にして最大の発見である。

今夜、大浦近蟹の生息するという静かな瀬戸内海の上でみる夢は、タルホ氏の言うように、本当にいつもと違うのだろうか……、ほんとうに。




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