1月24日日曜日: 《1988年11月24日のノート》
カテゴリ: 更新された情報
日記じゃなくて、これでは月間報告だ。まだ「あの方」は生きている。死を間近に控えた天皇が、どこかに存在しているということが常態になってきた。
その意味を考えている。
その意味を考えている。
12月31日木曜日: 《1988年10月23日のノート》
カテゴリ: 更新された情報
へえ、もうひと月以上も経つのか。久しぶりに日記を開いてそう思った。いや、久しぶりに開くんじゃこのノートを日記とは呼べないな。ともかく忙しい。いよいよXdayがやってくれば、この自粛ばやりのことだから、観劇行事などは真っ先に中止になって、そうすればきっと休めるなと、結構期待していたんだが、しぶとく一ヵ月も経っちまった。年末に向けて仕事は減ってくる。この分だと少しヒマになってからXdayだろうか、それじゃあんまりおもしろくない……。ふん、こんなふうに思うのはやっぱり不謹慎だなと思う。お亡くなりになられるかもしれないのが「あのお方」だからというわけではなく、天皇様だろうが誰だろうが、人間が死ぬのを期待するなんてのはやっぱり絶対不謹慎なのだ。それを気軽に言ったり書いたりするのは、死ぬのが「雲の上の天皇様」だからに違いない。天皇は、やっぱり人間ではなかったということか。
中野重治は「五勺の酒」でこう書いた。
「天皇を鼻であしらうような人間がふえればふえるほど、天皇制が長生きするだろうことを考えてもらいたいのだ。」
再び「ふん」と鼻であしらってみて、そんなことよりも、今日はせっかくの休みだというのに、僕は僕のたったひとりの大切な家族のために、何もしてやらない、そのことの方が問題なのだと思っている。そういうふうに反省すると、僕はこのノートを開くらしいのである。ということはだ、このひと月、僕は「正しい夫」をしていたのかといえば、全くそんなことは無いわけで、それなのにもかかわらずこのノートを一度も開かなかったということは、一度たりともカミサンのことを気にかけなかったということになるのかね。そんなこたぁない。
そんなこたぁないけれど……、ないけれど? ないけれど、だからどうだ、ということもないけれど……。
天ちゃんが死ななきゃ、今度の休みは11月の2日で、それまではまた考えるヒマもなくなる予定だ。
中野重治は「五勺の酒」でこう書いた。
「天皇を鼻であしらうような人間がふえればふえるほど、天皇制が長生きするだろうことを考えてもらいたいのだ。」
再び「ふん」と鼻であしらってみて、そんなことよりも、今日はせっかくの休みだというのに、僕は僕のたったひとりの大切な家族のために、何もしてやらない、そのことの方が問題なのだと思っている。そういうふうに反省すると、僕はこのノートを開くらしいのである。ということはだ、このひと月、僕は「正しい夫」をしていたのかといえば、全くそんなことは無いわけで、それなのにもかかわらずこのノートを一度も開かなかったということは、一度たりともカミサンのことを気にかけなかったということになるのかね。そんなこたぁない。
そんなこたぁないけれど……、ないけれど? ないけれど、だからどうだ、ということもないけれど……。
天ちゃんが死ななきゃ、今度の休みは11月の2日で、それまではまた考えるヒマもなくなる予定だ。
11月25日水曜日: 《1988年9月20日のノート》
カテゴリ: 更新された情報
テレビでは延々とオリンピックの放送が続いている。その合間々々に天皇の容態についての情報が入る。宮内庁を通じてのヴェールに包まれた情報。女子バレー、日本対ソ連のファイナルセット。ジュースの連続。テレビカメラは会場でうち振られるたくさんの日の丸の小旗を映し出す。この日本人たちは、ソウルで日の丸を振ることになんの抵抗も感じないのだろうか、そう思いながらも、僕もけっこう興奮しながら日本の勝つことを期待してもいるのだ。
変に落ち着かない時間。
19対17で日本がソ連に勝ったその瞬間、窓の外、近所の家から悲鳴のような声が上がった。ああ、あそこにも日本人がいる。昼下がりの時間。曇天。「今日もすばらしい青空が広がっています。ソウル!」、妙にドラマチックを装ったアナウンサーのコメント。
明後日から旅。忙しくなる。その前にKのために何かしてやりたいと思うのだが。
変に落ち着かない時間。
19対17で日本がソ連に勝ったその瞬間、窓の外、近所の家から悲鳴のような声が上がった。ああ、あそこにも日本人がいる。昼下がりの時間。曇天。「今日もすばらしい青空が広がっています。ソウル!」、妙にドラマチックを装ったアナウンサーのコメント。
明後日から旅。忙しくなる。その前にKのために何かしてやりたいと思うのだが。
11月11日水曜日: 《1988年9月19日のノート》
カテゴリ: 更新された情報
テレビの業界用語でいうところの24時55分。
本を読んでいた。
オリンピックのハイライトが終わって、そのまま何となく消さずにつきっぱなしになっていたテレビに突然入ってきたニュース。発熱で今日の相撲観戦を中止した天皇の容態が急変、宮内庁の発表はなし。それだけ伝えて、今テレビは風景とピアノ音楽。
字幕が流れる。
「宮内庁幹部相次ぎ皇居へ 情報が入り次第お伝えします」
いよいよか……。25時02分。
本を読んでいた。
オリンピックのハイライトが終わって、そのまま何となく消さずにつきっぱなしになっていたテレビに突然入ってきたニュース。発熱で今日の相撲観戦を中止した天皇の容態が急変、宮内庁の発表はなし。それだけ伝えて、今テレビは風景とピアノ音楽。
字幕が流れる。
「宮内庁幹部相次ぎ皇居へ 情報が入り次第お伝えします」
いよいよか……。25時02分。
9月 6日土曜日: 《1988年6月1日のノート》
カテゴリ: 《過去のノート》
いけないと思いつつ、アイヌの事、途切れている。沖縄の事、途切れようがないのに、それも途切れている。途切れたってどうってことないものも全部途切れている。それから「小林秀雄」も途切れている。「大江健三郎」、無念にも途切れている。こんなにもいろんな課題が途切れちまったのは、ずうっと抱え込んでいる「資本論」のせいだ。「資本論」に係ってから、87年がとっくに88年になった。その間に結婚して劇団も辞めた。
なるほど、ズタズタなのは意識ではなかった。というより、何というか、物理的に、というか、どう言おうとどうでもいいけれど、実際の、現実のズタズタが、この意識をもズタズタにした、そういうことなのかもしれない。
ズタズタな世界を、ヘーゲルは「意識」でもって繋ぎ合わせて見せたけれど、マルクスにしてみれば、ちっともズタズタでないヘーゲルのその「意識」とやらが気に喰わなくて、そこでマルクスは、今度は〈赤い〉糸で世界を繋いでみた。そうして出来た「資本論」も、僕のこのズタズタを繋いではくれない。ヘーゲルにしろマルクスにしろ、どうも糸が太すぎるのだ。生身の人間の肉体に、スッと入り込んでこられる糸は、きっともっとずっと細くなければいけないのだ。赤いのか黒いのか、色など見分けられぬほどの細い糸。肉体に入ってこないこの「資本論」は、どういうわけか空気のようだ。そういえば、何もかもが空気のようだ。遠い昔の空気のようだ。最高裁の相変わらずの逆転判決、レーガン・ゴルバチョフの核軍縮の調印、それらは今日の事なのに、今日のニュースも、やっぱり遠い昔の空気のようだ。
なるほど、ズタズタなのは意識ではなかった。というより、何というか、物理的に、というか、どう言おうとどうでもいいけれど、実際の、現実のズタズタが、この意識をもズタズタにした、そういうことなのかもしれない。
ズタズタな世界を、ヘーゲルは「意識」でもって繋ぎ合わせて見せたけれど、マルクスにしてみれば、ちっともズタズタでないヘーゲルのその「意識」とやらが気に喰わなくて、そこでマルクスは、今度は〈赤い〉糸で世界を繋いでみた。そうして出来た「資本論」も、僕のこのズタズタを繋いではくれない。ヘーゲルにしろマルクスにしろ、どうも糸が太すぎるのだ。生身の人間の肉体に、スッと入り込んでこられる糸は、きっともっとずっと細くなければいけないのだ。赤いのか黒いのか、色など見分けられぬほどの細い糸。肉体に入ってこないこの「資本論」は、どういうわけか空気のようだ。そういえば、何もかもが空気のようだ。遠い昔の空気のようだ。最高裁の相変わらずの逆転判決、レーガン・ゴルバチョフの核軍縮の調印、それらは今日の事なのに、今日のニュースも、やっぱり遠い昔の空気のようだ。
(1988/6/1)
次の《過去のノート》へ
次の《過去のノート》へ