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10月10日土曜日: 《1984年6月30日のノート》

カテゴリ: 《過去のノート》
遠くが霞んで見える。だからきっと確かに夏なのだろうが、今日の雲は夏の形状ではない。といって春のそれでもない。こんなことが気になる自分が不思議だ。

「そうだ、声が似ているのだ」
そう気付いたのは昨夜寝床に入ってからだった。

そのせいだろうか。去っていった人々、去っていこうとする人々、彼らの事を書こうと思っていたのだ。それは、より重要な事に思えたのだ。だがそれは誠実でないような気がして、結局のところ放棄してしまった。確かに、近ごろ僕は「誠実」ということにひどくとらえられている。

岐路があった、こんな物の言い方が僕自身の思考を硬化させてしまうのを恐れて、つまり、だから「重要な事」を放棄したのだとも言えるのだが。

ともかく、ほとんどの人間関係が事務的になっている。


カテゴリ: 《過去のノート》
「出来事は《行と行の間》に起きるのではなく、直接に話されねばならぬ。俳優たちは(中略)行と行の間で彼らを待っている《なにか表現しようもないもの》にたよろうとする。だがそれによって《表現し得るもの》や《すでに表現されたもの》を無意味にしてしまうから、こういうやり方は有害である」
(ブレヒト)……単なる芝居のはなし

「日本人は最も大切なことは、言葉によらず言外によるから、これはもういかんともしがたい。従って日本人にうけ入れられるのは、この言外によることになってしまう。それはもう聖書ではない」
「第一歩はお互いに非常に理解しがたいことをまず率直に理解することであろうか」
(イザヤ・ベンダサン)……仮名で書くペテン

「現在と対話しようと思ったら、自分をからっぽにし、想像力の活動を禁止しなければならないのだ」
(ジャン・ヴォーチェ)……小説の一節を引用する馬鹿らしさ