08/08/03 : 《1984年3月23日のノート:頭痛の予感》
カテゴリ: 《過去のノート》
前々から、僕は「健全な肉体に健全な精神は宿る」という言葉が気に入らなかった。いったい「健全な肉体」に宿るような「健全な精神」とはどういうものなのか、それこそ信用のおけない代物ではないのか。
太宰治が、この言葉について、こんなことを書いている。
「ギリシャ原文では、健全な肉体に健全な精神が宿ったならば!という願望と歎息の意味が含まれているのだそうだ。」
こいつはうれしかった。健全な肉体などという下品なものに、健全な精神が宿ることなど絶対にありっこない。ざまあみろだ。
しかし、健全な精神とはなんぞや。健全な精神は健全な肉体ほど分かりやすくない。僕の場合、特にそこが屈折しているわけで、「ギリシャ原文」でいうところの健全な精神とは何か、結局それが判らないママなのだから、こいつは言いがかり、要するにいい加減な気分を口に出しているだけの話。
「凡そわれに益するところあらんと願望する情、その市(虚栄の市)に住むものたちより強きはない。しかるにまた、献身、謙譲、義侠のふうをてらい、鳳凰、極楽鳥の秀抜、華麗を装わんとする情、この市に住むものたちよりも激しきはないのである」
この愛すべき太宰の言葉が真理ならば、「健全な肉体」に宿るものは、むしろ「旺盛な精神」のようである。かつての哲人たちは、この「旺盛な精神」の中から、よき精神を選り分ける事に苦心惨憺していたのだ。カントの業績はこれを見事に分析して見せた事にあったのだが、しかしその厳密さの故に、崇高な精神などは人間の限界を超えた手の届かぬところに追いやって、あらゆる人間の行為には「よき精神」と「われに益するところの欲望」の両面あるのだということを暴いてしまった。「よき行為」は地に堕ちた。というより「行為」に良いも悪いもない。全ての「行為」が、一緒くたに地に堕ちたのである。
太宰は言う。「私には良心がない」、良心など「牢屋への憎悪」「自己保存の本能」でしかないと。太宰の言葉を文字通り受け取る馬鹿はいないが、全て戯言と片付けることが出来ないから、太宰はいつまでも読み続けられるのだ。
「美しいもの、怜悧なるものは、全て正しい。醜と愚鈍とは死刑である。」
よく見つめてみるがいい。肉体ほど醜で愚鈍なものはない。
三島由紀夫は何故晩年あんな鎧を身にまとったのか、彼は醜で愚鈍な自らの肉体を嫌ったのだ。しかし、どんな鎧で覆い隠したとしても、肉体の本質が醜で愚鈍なものであることを、どうして変えることができようか。三島由紀夫の悲しさも愚かさも、きっとそこにある。
はるかに賢い太宰は、「美の基準」を求めながら、しかしつまるところ「百花繚乱主義」にならざるを得なかった。
「文学というものは、その難解な自然を、おのおの自己流の角度から、すぱっと斬っ(たふりをし)て、その斬り口のあざやかさを誇ることに潜んで在るのではないか」
だが、そのとおり自然は「難解」なのだ。「斬り口」は無限なのだ。能天気な芸術家にとっては、無限であることがきっと希望なのだろうが、そこに絶望を感じる表現者を、どうやら僕は愛しているらしい。
つまり‥‥
太宰は言う。芥川龍之介はこの「つまり」を掴みたくて服毒自殺をしたのだと。
「かつての私もまた、この『つまり』を追及するに急であった。ふんぎりが欲しかった。道草を食う楽しさを知らなかった。循環小数の奇妙を知らなかった。動かざる、久遠の真理を、いますぐ、この手で掴みたかった。」
太宰は「循環小数の奇妙」は知ったのかもしれない。だが、「道草を食う楽しさ」はどうだったのか。「晩成の芸術」を否定するというのも太宰のアイロニーなのだかどうか、しかし結局、太宰は自殺したのである。
ツゥラトゥストラの巨人の言葉に憧れながらも、自らを芥川の「侏儒」になぞらえて「葦」と卑下してみせたポーズを、太宰は何故徹底して楽しむことができなかったのだろうか。
「ただ、世の中にのみ眼をむけよ。自然の風景に惑弱して居る我の姿を、自覚したるときは『われ老憊したり』と素直に、敗北の告白をこそせよ」
自然の風景は、健全な精神を癒すのか、あるいは傷つけるのか。ただ間違いなく、世の中の現実は、常に頭痛の種なのである。
太宰治が、この言葉について、こんなことを書いている。
「ギリシャ原文では、健全な肉体に健全な精神が宿ったならば!という願望と歎息の意味が含まれているのだそうだ。」
こいつはうれしかった。健全な肉体などという下品なものに、健全な精神が宿ることなど絶対にありっこない。ざまあみろだ。
しかし、健全な精神とはなんぞや。健全な精神は健全な肉体ほど分かりやすくない。僕の場合、特にそこが屈折しているわけで、「ギリシャ原文」でいうところの健全な精神とは何か、結局それが判らないママなのだから、こいつは言いがかり、要するにいい加減な気分を口に出しているだけの話。
「凡そわれに益するところあらんと願望する情、その市(虚栄の市)に住むものたちより強きはない。しかるにまた、献身、謙譲、義侠のふうをてらい、鳳凰、極楽鳥の秀抜、華麗を装わんとする情、この市に住むものたちよりも激しきはないのである」
この愛すべき太宰の言葉が真理ならば、「健全な肉体」に宿るものは、むしろ「旺盛な精神」のようである。かつての哲人たちは、この「旺盛な精神」の中から、よき精神を選り分ける事に苦心惨憺していたのだ。カントの業績はこれを見事に分析して見せた事にあったのだが、しかしその厳密さの故に、崇高な精神などは人間の限界を超えた手の届かぬところに追いやって、あらゆる人間の行為には「よき精神」と「われに益するところの欲望」の両面あるのだということを暴いてしまった。「よき行為」は地に堕ちた。というより「行為」に良いも悪いもない。全ての「行為」が、一緒くたに地に堕ちたのである。
太宰は言う。「私には良心がない」、良心など「牢屋への憎悪」「自己保存の本能」でしかないと。太宰の言葉を文字通り受け取る馬鹿はいないが、全て戯言と片付けることが出来ないから、太宰はいつまでも読み続けられるのだ。
「美しいもの、怜悧なるものは、全て正しい。醜と愚鈍とは死刑である。」
よく見つめてみるがいい。肉体ほど醜で愚鈍なものはない。
三島由紀夫は何故晩年あんな鎧を身にまとったのか、彼は醜で愚鈍な自らの肉体を嫌ったのだ。しかし、どんな鎧で覆い隠したとしても、肉体の本質が醜で愚鈍なものであることを、どうして変えることができようか。三島由紀夫の悲しさも愚かさも、きっとそこにある。
はるかに賢い太宰は、「美の基準」を求めながら、しかしつまるところ「百花繚乱主義」にならざるを得なかった。
「文学というものは、その難解な自然を、おのおの自己流の角度から、すぱっと斬っ(たふりをし)て、その斬り口のあざやかさを誇ることに潜んで在るのではないか」
だが、そのとおり自然は「難解」なのだ。「斬り口」は無限なのだ。能天気な芸術家にとっては、無限であることがきっと希望なのだろうが、そこに絶望を感じる表現者を、どうやら僕は愛しているらしい。
つまり‥‥
太宰は言う。芥川龍之介はこの「つまり」を掴みたくて服毒自殺をしたのだと。
「かつての私もまた、この『つまり』を追及するに急であった。ふんぎりが欲しかった。道草を食う楽しさを知らなかった。循環小数の奇妙を知らなかった。動かざる、久遠の真理を、いますぐ、この手で掴みたかった。」
太宰は「循環小数の奇妙」は知ったのかもしれない。だが、「道草を食う楽しさ」はどうだったのか。「晩成の芸術」を否定するというのも太宰のアイロニーなのだかどうか、しかし結局、太宰は自殺したのである。
ツゥラトゥストラの巨人の言葉に憧れながらも、自らを芥川の「侏儒」になぞらえて「葦」と卑下してみせたポーズを、太宰は何故徹底して楽しむことができなかったのだろうか。
「ただ、世の中にのみ眼をむけよ。自然の風景に惑弱して居る我の姿を、自覚したるときは『われ老憊したり』と素直に、敗北の告白をこそせよ」
自然の風景は、健全な精神を癒すのか、あるいは傷つけるのか。ただ間違いなく、世の中の現実は、常に頭痛の種なのである。