菊池寛の「忠直卿行状記」。
悪くないと、素直に思ってしまう。僕の中に巣食っている「俗」という質について考える。そしてその扱いに困っている。
「弱者の糧」で、太宰は言う。「芸術よりも、おしるこに感謝したい時がある」と、その時とは、「心の弱っている時」、「敗れてしまった時」だと。
僕はおしるこに感謝したことがない。それは、〈本当に〉心が弱ったことも、〈正しく〉敗れたこともないということか。それでいて僕は、いつでも、おしるこも悪くないと思っている。

太宰治の「秋風記」、それは例えばドストエフスキーに比ぶべくもなく、おしるこのように甘いけれども、しかし僕は、つらく切ない一篇の詩を詠むように、涙している。