今日から長い旅に出る。
東京に戻る頃は、もうすっかり秋だろう。もはや今年の僕の夏は終った。というより、何事も始まることの無かった夏であった。終るべき何ものも生み出すことなく、内容の無いひとつの夏が、ただ形式的に過ぎ去っていく。

日航機墜落。奇跡的に助かった4名の治療に当たった医師の言葉。
「助かった人たちは、何か目に見えない大きな力に守られているように感じます」
守られなかった大多数の人々の遺族は、これを聞いて何と思うのだろうと、若干の違和感を抱きながらも、僕は医師という論理的な職業に携わる者が語った「奇跡」という言葉に、少なからず心動かされてもいたのだが。
昨日だったか一昨日だったか、生き残ったひとりの、墜落直後は父も妹もまだ生きていたという証言が報道された。機内最後部の乗客たちの多くが、即死ではなかったかもしれないという事。その可能性の検証を待たずに、「奇跡」などという言葉を使ってしまうことの危うさを、今日考えた。
「人為的責任」
生き残った人の奇跡を語る前に、死んでいった人々に思いを致す事。

むりやり世の出来事について感想を述べてはみたが、どれほどそれを積み重ねても、何もない僕の夏が、それで満たされることなどあり得ないので、なんとも気が進まない。

まずは佐渡へ渡る。