6月26日木曜日: 三太郎の置手紙
カテゴリ: 三太郎
すこし社長業とやらにお戻りになったらいかがでしょうか。
わたくしは、貴方様のお名前を失念いたしました。皆、クサバノカゲよりご心配申し上げております。
貴方様のブログはアンタッチャブル、誰も触れることのできない貴方様だけの作品。
なぜって、コメントできないような設定になっていますもの。
貴方様は、このわたくしに三太郎なる名前をお付けになって、そうしてわたくしにだけ好き勝手なことを言う許可をお与えになって、それで世界とつながっているのだという満足をお感じになっているらしい。
あさましいペテン。
いえいえ、尊敬しているのでございます。わたくしなぞとてもとても、貴方様の足元にも及びません。
ただただご心配申し上げているのでございます。貴方様はいったいどこへ行かれようとなさっているのでしょう。
閉ざされ、完全に守られた、貴方様だけのブログという小箱の中で、屍となり腐ってゆく貴方様を見るのは、忍びないのでございます。
無縁仏に、花手向けることくらいは勿論いたしますけれど。
ななしのごんべえというなのこゆうめいし
大変失礼いたしました。どうかお忘れを。傍若無人な口調が貴方様のお好み。今日の私の戯言は、からくり人形の軋み、そのように思し召しくだされば幸い。
振り向くと、ごみ箱からこちらを覗く三太郎が、ペロッと舌を出した。
わたくしは、貴方様のお名前を失念いたしました。皆、クサバノカゲよりご心配申し上げております。
貴方様のブログはアンタッチャブル、誰も触れることのできない貴方様だけの作品。
なぜって、コメントできないような設定になっていますもの。
貴方様は、このわたくしに三太郎なる名前をお付けになって、そうしてわたくしにだけ好き勝手なことを言う許可をお与えになって、それで世界とつながっているのだという満足をお感じになっているらしい。
あさましいペテン。
いえいえ、尊敬しているのでございます。わたくしなぞとてもとても、貴方様の足元にも及びません。
ただただご心配申し上げているのでございます。貴方様はいったいどこへ行かれようとなさっているのでしょう。
閉ざされ、完全に守られた、貴方様だけのブログという小箱の中で、屍となり腐ってゆく貴方様を見るのは、忍びないのでございます。
無縁仏に、花手向けることくらいは勿論いたしますけれど。
ななしのごんべえというなのこゆうめいし
大変失礼いたしました。どうかお忘れを。傍若無人な口調が貴方様のお好み。今日の私の戯言は、からくり人形の軋み、そのように思し召しくだされば幸い。
振り向くと、ごみ箱からこちらを覗く三太郎が、ペロッと舌を出した。
6月25日水曜日: 《1983年の僕を1994年の僕が解釈する:4》
カテゴリ: 《過去を解釈する》
「愛」など、どこにも無かった。だから、「苦しさ」の感覚だけが辛うじて僕の「精神」を「肉体」につなぎ止めていたものだった。その「苦しさ-肉体」を媒介として、「風景-外界」と交信し得る可能性が僕にもあった。しかし、「苦しさ」までも手放してしまった僕は、外部との通路を、完全に失ったのである。僕はそれに気づいていたのか。いや、そうではない。「愛」や「苦しさ」以外にも、世界と交渉する手段はいくらでもあるのだという事を、僕は知っていたのか。きっと気づこうとせず、知ろうとせず、甘えていたのではなかったか。
6月24日火曜日: 《1983年7月23日のノート》
カテゴリ: 《過去のノート》
東京。熱帯夜……。
苦しくて、自分の無能さに愕然として、それで〈自分〉で哲学することは放棄して、〈他人〉の出来合いの哲学で、この傷口を塞ごうと、デカルトだ、パスカルだ、ショウペンハウエルだ、しまいにはマルクスだ、何だかんだと、うろついてみた。すると、どういう訳か〈哲学〉はますます遠く逃げ去ってゆく。例えばマルクスは、もっと親しい存在だったはずなのに、今は見知らぬ他人のようだ。僕から〈哲学〉が抜け落ちてゆき、次第に〈哲学〉に対する渇望も薄れてゆく。
〈哲学に携わっていた哲学者〉と〈哲学者に携わっている哲学教授〉、誰かがそんな区別をしていた。
《パスカルの分類》
民衆
半可通の学者
知者(熱を持たぬ知識)
敬虔の人(知識より熱を多く持つ人)
そして全きキリスト者……
きっと僕は、押し潰されたのだ。
〈偉大な苦悩〉とは、いったいなんのことだろう。それは、もはや全く手の届かぬものとなった。その代償として、僕は僕の小さな苦しさから解放され安息を得た。それをこそ求めていたのだが、同時に、あの何気ない風景への感動も消えてしまった。あらゆるものが、自然さえも、僕と何ら有機的関係を持たず、色を失って、僕の中か、あるいは外にか、抽象として没してゆく。残ったものは、具体的な活字と、この薄汚れた生活だけだ。
もう、苦しくはない。だが、少しばかり、疲れている。
「旅立ちの前の世界は、彼にとって一個の観念であったが、旅からすでに帰った次郎は、世界を彼の不在で充たしていたのである。」(三島由紀夫「旅の墓碑銘」)
苦しくて、自分の無能さに愕然として、それで〈自分〉で哲学することは放棄して、〈他人〉の出来合いの哲学で、この傷口を塞ごうと、デカルトだ、パスカルだ、ショウペンハウエルだ、しまいにはマルクスだ、何だかんだと、うろついてみた。すると、どういう訳か〈哲学〉はますます遠く逃げ去ってゆく。例えばマルクスは、もっと親しい存在だったはずなのに、今は見知らぬ他人のようだ。僕から〈哲学〉が抜け落ちてゆき、次第に〈哲学〉に対する渇望も薄れてゆく。
〈哲学に携わっていた哲学者〉と〈哲学者に携わっている哲学教授〉、誰かがそんな区別をしていた。
《パスカルの分類》
民衆
半可通の学者
知者(熱を持たぬ知識)
敬虔の人(知識より熱を多く持つ人)
そして全きキリスト者……
きっと僕は、押し潰されたのだ。
〈偉大な苦悩〉とは、いったいなんのことだろう。それは、もはや全く手の届かぬものとなった。その代償として、僕は僕の小さな苦しさから解放され安息を得た。それをこそ求めていたのだが、同時に、あの何気ない風景への感動も消えてしまった。あらゆるものが、自然さえも、僕と何ら有機的関係を持たず、色を失って、僕の中か、あるいは外にか、抽象として没してゆく。残ったものは、具体的な活字と、この薄汚れた生活だけだ。
もう、苦しくはない。だが、少しばかり、疲れている。
「旅立ちの前の世界は、彼にとって一個の観念であったが、旅からすでに帰った次郎は、世界を彼の不在で充たしていたのである。」(三島由紀夫「旅の墓碑銘」)
6月23日月曜日: 三太郎カムバック
カテゴリ: 社長のつぶやき
三太郎は、企画室の冷蔵庫を勝手に開けて、手前に並んでいる発泡酒には目もくれず、一番奥に隠してあったエビスを引っ張り出して飲んでいる。
要するに、原罪ってやつにがんじがらめになってるんだってポーズつけてるわけですやん。
なんだ、その語尾は。お前はいつから関西人になったんだ。そうか、お前は、このブログの最初の方しか読んでねえな。
あっ、あんたはん、自分でブログって認めなはったなあ。
人を指差すのやめろ。
あんな重ったるい文章、誰が好き好んで読みますかいな。お客さんにブログ、続けて読んでもらお思うたら、もうちっとサービスしなはれ。
てめえは客じゃねえだろうが。
おいどんは、何者でもなかとですばい。
三太郎は、エビスをグッと飲み干して、空になったアルミ缶を、俺に向かって投げてよこした。三太郎を乗せたアルミ缶は、俺の右耳をかすめ、俺の背後にあるゴミ箱に、三太郎ともども吸い込まれていった。
はたして、三太郎は実在する人物なのか、それとも、この「ブログ」にのみ登場する空想のキャラクターなのか、そんな詮索は無駄である。トリックスターは、易々と現実と虚構の境界を越える。奴にとっては、過去と未来の区別もない。
このゴミ箱は、いったいどこにつながっているのか。虚構の世界へか、過去へか、未来へか。あるいは、現実へか、すると、今俺のいるこの世界が虚構なのか。
しかし、眼前に拡がる空間が現実であろうが虚構であろうが、この歳になった僕にとって、過去は、未来よりもずっと重く現在の僕にのしかかっている。「お客さん」にどう思われようと、三太郎に「原罪のポーズ」とひやかされようと、もう少し、この「ブログ」の埋め草に、僕の過去を使おうと思う。
情けない。三太郎がいなくなると、俺はすぐに僕になる。
三太郎、今度は、おとといか、あさってくらいにやってこい。
いちばん古い《過去のノート》へ
要するに、原罪ってやつにがんじがらめになってるんだってポーズつけてるわけですやん。
なんだ、その語尾は。お前はいつから関西人になったんだ。そうか、お前は、このブログの最初の方しか読んでねえな。
あっ、あんたはん、自分でブログって認めなはったなあ。
人を指差すのやめろ。
あんな重ったるい文章、誰が好き好んで読みますかいな。お客さんにブログ、続けて読んでもらお思うたら、もうちっとサービスしなはれ。
てめえは客じゃねえだろうが。
おいどんは、何者でもなかとですばい。
三太郎は、エビスをグッと飲み干して、空になったアルミ缶を、俺に向かって投げてよこした。三太郎を乗せたアルミ缶は、俺の右耳をかすめ、俺の背後にあるゴミ箱に、三太郎ともども吸い込まれていった。
はたして、三太郎は実在する人物なのか、それとも、この「ブログ」にのみ登場する空想のキャラクターなのか、そんな詮索は無駄である。トリックスターは、易々と現実と虚構の境界を越える。奴にとっては、過去と未来の区別もない。
このゴミ箱は、いったいどこにつながっているのか。虚構の世界へか、過去へか、未来へか。あるいは、現実へか、すると、今俺のいるこの世界が虚構なのか。
しかし、眼前に拡がる空間が現実であろうが虚構であろうが、この歳になった僕にとって、過去は、未来よりもずっと重く現在の僕にのしかかっている。「お客さん」にどう思われようと、三太郎に「原罪のポーズ」とひやかされようと、もう少し、この「ブログ」の埋め草に、僕の過去を使おうと思う。
情けない。三太郎がいなくなると、俺はすぐに僕になる。
三太郎、今度は、おとといか、あさってくらいにやってこい。
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6月22日日曜日: 都立駒場高校 生徒総会 《その2》
カテゴリ: '75年都立駒場生徒総会
その一瞬間の全き静寂の後、寄せた波が返す時の音ように、体育館には緩やかな笑いのざわめきが起こりました。それは何故か。今壇上に立っている男に、心ならずも妙に引きつけられてしまった、そしてそれが、今この場に集まっている全員の共通の状態だということに、静寂を作り出した張本人の一人ひとりが、やはりほぼ同時に気づかされたのです。生徒集会には、およそ場違いな集中力の集合体が生み出した静寂、その緊張が自嘲的な笑いによって解きほぐされた瞬間でした。
しかし、彼らの壇上の男に対する興味が失われたわけではありません。
僕は、解放された笑いのざわめきがおさまるのを、静かにじっと待ちました。いまや、完全にリラックスしながらも、なおこの僕にしっかりと目を向けている聴衆、表現するものにとっては、ほぼ完璧なシチュエーション。僕は、おもむろに語り始めたのです。
何をしゃべったのか、あまり良く憶えてはいません。いずれにしろ、たいした話をしたわけではありません。しかし完璧なシチュエーションがあれば、たいていの話は大ウケします。
東京都立駒場高校は、保健体育科などもあり、体育については特に力を入れている学校でした。そんなわけで、それまでの古い体育館兼講堂は取り壊され、当時の都立高校にしては不釣合いなほど立派な体育施設が新しく建てられました。その中の大体育室で、生徒総会はとりおこなわれていました。
僕は、その舞台に立っていました。しかしそれは、体育室の一辺の壁を穿っただけの極めて貧弱なもので、殆ど演台にしか使えない代物だったのです。ぼくは、そのとってつけたような舞台を、ちょいと茶化してみたのです。
間口何歩、奥行き何歩、大またで歩測しながら、こんな狭い空間で、芝居なんかできるか。
聴衆はやんやの喝采。保健体育科の生徒たちも笑っていました。要するに、ちっとも真剣な話じゃなかったということです。
大きな予算で都が建設した施設。それが出来上がっちまってから、それについて生徒会で文句言ってみたところで、どうかなるものではありません。生徒総会とは、今度の文化祭をどうするかとか、放課後の校庭の使用について、どのように各運動部に割り当てるかとか、そういう地道なことを取りまとめて決める機関です。僕のパフォーマンスは、単なる余興でした。聴衆は、僕の悪ふざけに付き合って楽しんでいただけです。
生徒総会を取り仕切る2年生、生徒会長だったか、書記だったか、さすがになかなか優秀な男でした。僕に好き勝手にやるだけやらせておいて、区切りのいいところを見計らって、彼は僕にこう言ったのです。
「高山さん、ここは、演劇の練習をするところではありません。」
たしかに彼は優秀でした。それが証拠に、この彼の言葉にも、笑いと喝采が起こったのですから。
しかし、彼は誤算していました。彼がもし政治家になりたかったのだとしたら、こう言うべきだったのです。
「ありがとうございました。ほかにありませんか。ないようですね。ずいぶん時間も押してしまいました。ごめんなさい。これで散会とします。」
そして、僕を舞台の真ん中に置き去りにして、そそくさと退場する。そうすれば、君の大勝利だったのだ。しかし、残念ながら君は、僕の大ウケの演説に影響されて、柄にもなく、ちょっと余計なことを言ってしまったのだ。
「高山さん、ここは、演劇の練習をするところではありません。」
飛んで火に入る夏の虫。君は、僕の闘争心に火をつけた。僕は、この戦いに何の不安もありませんでした。完全なシチュエーションに置かれた聴衆を味方につける術は、君より僕のほうがはるかに秀でているのだから。実生活の人間関係は苦手だとしてもです。
《その3》へ続く
しかし、彼らの壇上の男に対する興味が失われたわけではありません。
僕は、解放された笑いのざわめきがおさまるのを、静かにじっと待ちました。いまや、完全にリラックスしながらも、なおこの僕にしっかりと目を向けている聴衆、表現するものにとっては、ほぼ完璧なシチュエーション。僕は、おもむろに語り始めたのです。
何をしゃべったのか、あまり良く憶えてはいません。いずれにしろ、たいした話をしたわけではありません。しかし完璧なシチュエーションがあれば、たいていの話は大ウケします。
東京都立駒場高校は、保健体育科などもあり、体育については特に力を入れている学校でした。そんなわけで、それまでの古い体育館兼講堂は取り壊され、当時の都立高校にしては不釣合いなほど立派な体育施設が新しく建てられました。その中の大体育室で、生徒総会はとりおこなわれていました。
僕は、その舞台に立っていました。しかしそれは、体育室の一辺の壁を穿っただけの極めて貧弱なもので、殆ど演台にしか使えない代物だったのです。ぼくは、そのとってつけたような舞台を、ちょいと茶化してみたのです。
間口何歩、奥行き何歩、大またで歩測しながら、こんな狭い空間で、芝居なんかできるか。
聴衆はやんやの喝采。保健体育科の生徒たちも笑っていました。要するに、ちっとも真剣な話じゃなかったということです。
大きな予算で都が建設した施設。それが出来上がっちまってから、それについて生徒会で文句言ってみたところで、どうかなるものではありません。生徒総会とは、今度の文化祭をどうするかとか、放課後の校庭の使用について、どのように各運動部に割り当てるかとか、そういう地道なことを取りまとめて決める機関です。僕のパフォーマンスは、単なる余興でした。聴衆は、僕の悪ふざけに付き合って楽しんでいただけです。
生徒総会を取り仕切る2年生、生徒会長だったか、書記だったか、さすがになかなか優秀な男でした。僕に好き勝手にやるだけやらせておいて、区切りのいいところを見計らって、彼は僕にこう言ったのです。
「高山さん、ここは、演劇の練習をするところではありません。」
たしかに彼は優秀でした。それが証拠に、この彼の言葉にも、笑いと喝采が起こったのですから。
しかし、彼は誤算していました。彼がもし政治家になりたかったのだとしたら、こう言うべきだったのです。
「ありがとうございました。ほかにありませんか。ないようですね。ずいぶん時間も押してしまいました。ごめんなさい。これで散会とします。」
そして、僕を舞台の真ん中に置き去りにして、そそくさと退場する。そうすれば、君の大勝利だったのだ。しかし、残念ながら君は、僕の大ウケの演説に影響されて、柄にもなく、ちょっと余計なことを言ってしまったのだ。
「高山さん、ここは、演劇の練習をするところではありません。」
飛んで火に入る夏の虫。君は、僕の闘争心に火をつけた。僕は、この戦いに何の不安もありませんでした。完全なシチュエーションに置かれた聴衆を味方につける術は、君より僕のほうがはるかに秀でているのだから。実生活の人間関係は苦手だとしてもです。
《その3》へ続く