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6月 8日日曜日: その夜。

カテゴリ: 書斎で書くこと
父さん。
人間を「偉い」とか「偉くない」とかで判断していいのでしょうか。
僕は、父さんの書斎の本棚の中で、ひときわ異様に黒光りしていた埴谷雄高の「死霊」という本を持ち出して、一日中読みふけっています。いったいどうすれば、もっとも罪なく生きることができるのか、ずっと考え続けているのです。
父さん、父さんは若い頃、この未完の小説を、どのように読んだのですか? 父さんは、この恐ろしい小説から、どのように離れることができたのですか。
埴谷雄高が奥さんに堕胎させたというはなし、本当なのですか。もしそれが一番正しい選択だったのだとしたら、僕は、このまま生きていて許されるのでしょうか? この生きるという不快から逃れるには、死を選ぶしかないのでしょうか。お願いです父さん、どうか教えて欲しいのです。

息子よ。
おまえは、どのようにして、毎日お前の腹を満たしているのだ? 責めているのではない。決して責めているのではないから、どうか、死なねばならないなどと考えて、毎日君のために食事を作ってくれる母さんを、君の大好きな母さんを悲しませるようなことは、絶対にしてはいけない。
息子よ。ずっと閉ざされたまま久しい君の部屋の窓を、明日の朝一番に開け放してみなさい。そして、部屋の中に新鮮な風を入れ、いっぱいの日の光で満たしてみなさい。そうすれば、君の元気も少しは回復するだろうから、どうだ、今度父さんと旅に出かけてみないか。母さんの生まれた南国の島へ、ふたりで行ってみないか。
君が沖縄で癒されるだろうなどと、そんな甘ったれたことを考えているわけではない。そうではなくて、君の母さんがずっと抱え込んできた現実を、君にも感じてもらいたいのだ。あの頃の父さんが出会った沖縄を、君に知ってもらいたいのだ。そうすれば、父さんがどのように「死霊」を忘れることができたのか、きっとわかってもらえるに違いない。

今日、君に問われて、父さんは「死霊」のこと、思い出そうとしたのだが、ずいぶんと忘れてしまっていることに気がついた。もう一度読み直してみようかと思ったが、会社なんかやりながら、片手間に読めるような代物じゃない。そのぐらいのことは覚えている。
いつか君と泡盛でも飲みながら、君から「死霊」についての講義が聞ける時の来ることを、父さんはとても楽しみにしているよ。

注:ここに登場した「息子」はフィクションです。実在の人物とは全く関係ありません。(ほんとかな)

カテゴリ: 社長のつぶやき
沖縄で営業してます・・・

自社発信の「商品」を持って営業すること、それが、「会社」には、きっと必須のことだと思うのです。その経験を持たない会社は、未だ「会社」ではなく、その足元は、とても脆弱でしょう。

当初、山猫合奏団のCDを作るにあたって、自前のPCで焼いたような簡単なものでもいいのではないか、と僕は考えていました。どんな形態にしても、中の「音楽」は同じものではないか。

しかし、帯を作ってバーコードを貼り付け、包装ラップをして、どうにか世に流通する商品としての体裁を整え、実際それを持って営業しているうちに、これでよかった、これしかなかったという思いが、どんどんと増してきました。
営業といっても、CDそのものを売る営業に限ったことではないのです。全く違う業務の営業でも、うちではこんなものも作っているのですとCDを出すと、先方はみんな笑顔になり、会社の印象も、よく受け取られるのです。彼らは、中の音楽を聴くわけではありません。目の前にある、CDという商品の「姿」を見て、好印象を持ってくれるのです。

白石准作曲、宮沢賢治原作、(株)M.A.P.制作のCD「セロ弾きのゴーシュ」は、会社が作った初めての「商品」です。作品の性質からいって、何万枚も売れて、大きな利益を会社にもたらすなどということは、まあないでしょう。元が取れるかどうかも怪しい。しかし、このCDは、採算以上のとても大切な何かを、会社に与えてくれたのです。
今後、本来の業務でも自らのコンテンツを作り出し、成長させることができたとしたら、このCDを作成した経験があったからだ、ということになるでしょう。それを目指して、CDを作った経験を、会社として今後もつなげて生かしていかなければならないのです。

このCD持って、町へ出ましょう。営業マンになりましょう。その点について、まだまだ僕らは経験不足です。
昼間、太陽のもと、町を歩く営業マン、彼らが一番偉い、と、僕はいよいよ思っているのです。

それにしても、やっぱり沖縄の太陽は痛いです。


カテゴリ: 書斎で書くこと
ドラフト保存というのでしょうか。メールでいうところの「下書き保存」というやつです。

本来、ブログって、その日その時の感覚を、すっと記録して、さらりと公開する、まったくもって軽やかなものであるべきなのかもしれません。しかし、僕は、思いついたことを、そっと書いてはみるが、なんだか納得できなくて、だからドラフト保存なるものをして、そのまま置いておきます。そうして後日、その気になった時、ちょいと整えて、そして公開するのです。

何故なんだろう、と考えています。どうやら僕は、今の「生」を記録することなど、絶対にできない不可能ごとなのだと思い込んでいるらしいのです。どんなにあがいても、「記録」とは「死」でしかないというふうに。

1983年の7月のノートに、カミュの「手帖」から、次のような一文を、僕は書き写しています。

「ぼくのなかには或る混乱が、或る怖ろしい無秩序がある。創造することは、ぼくには無数の死に値してしまう。なぜなら、創造とは秩序に関わることだし、ぼくの全存在は秩序を拒絶するからだ。だが秩序がなければ、ぼくは拡散して死んでしまうだろう。」

CDを作るということ、売り込むこと、何かを書き残すということ、それらに対する迷いの原点が、ここにあります。それはどういうことか、理屈はいくらでも語れます。しかし、結局それらは、全て嘘のような気もします。

「道徳的であることと、誠実であることのディレンマ」ジイド

何もしないことが誠実なことなのだと、自殺する勇気のない僕は、毎日飲んだくれては、うめいていたのです。

僕は、そこから本当に逃れられているのでしょうか。一週間以上前の文章を手直しして公開するような、こんなインチキブログを書いているところをみると、どうやら病は慢性化して、極めて性質の悪いものになっているのかもしれません。

過去の日記を修正するなんて、潔く死ねない女々しい男だということさ。はなっから、死んでるんじゃないのかい?

つまらない結論です。

これから、沖縄へ行きます。仕事です。沖縄について、書かねばならないことがいっぱいあります。しかし、今のところ、それらはみんな、ドラフト保存して、暖めておくことにします。



カテゴリ: 《過去のノート》
 僕は本当の生活というものを知らないのかもしれません。しかし僕は、真理を見極めるために、一生、生活などしたくないと思っていました。考えてみれば妙な話です。生活するために信ずる何ものかが必要だった、だから信ずるに足る真理が欲しかった、つまり生活するためにこそ真理を追い始めたはずなのに、僕は戦う前に敗北しています。結局今の僕は、生活したくないというだけの、ただの呆け者なのかもしれません。
 だが、そんなふうにいくら反省したところで、やっぱり真理はないのだから、つまり生活が可能になるわけではありません。相変わらず、真理を見極めようとする事と生活する事とは両立不可能に思えるのです……。

 「彼は持って生まれた性格と今日まで受けた教育とに煩わされて、とうの昔に大切な、信ずるという機能を失っていた。まして実行する勇気は、容易に湧いてはこなかった。したがって世間に伍して、目まぐるしい生活の渦の中へ、思い切って飛びこむことができなかった。だから彼はその限りで、広い世間から切り離された孤独を味わうべく余儀なくされた。」(芥川竜之介「路上」)

 なるほど、信ずるものがあって、はじめて〈生活〉は可能なのでしょう。だが、信じられる真理などない。けれど、信ずる事において真理が不可欠というわけではないらしい。ならば、人は何をどのように信じているのでしょうか。
 「信じるところに現実はあるのであって、現実は決して人を信じさせる事が出来ない。」(太宰治「津軽」)
 「化かすと云う事と、化かすと信ぜられると云う事との間に、果してどれ程の相違があるのであろう。」「我々の内部に生きるものを信じようではないか。そうして、その信ずるものの命ずるままに我々の生き方を生きようではないか。」(芥川龍之介「貉」)
 芥川は、貉が化かすと本当に信じていたのでしょうか。僕にはとてもそうとは思えない、つまり、何もかもが信じられないのです。

カテゴリ: 《過去のノート》
 「アルメ」ではなさそうか、この僕は?
 (アルメであるとでも言いたげだ)
 ランボーの名訳をいくら読んでも、ランボーは決してやってはこない。
 (カントの名訳なら、カントにお会いできるのでしょうか)
 さて……
 ランボーの、「永遠」と訳された詩が、気に掛かっている。
 (それがどうしたのさ)
 芝居をしたいんだ、普通のさ。
 (できるのか、お前に、そんなものが。)
 今日は変につっかかる。
 (ランボーの仕業。)
 いやだね、とにかくこのホテルのベッドはさ。
 (だって仕事はどうするの)


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