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カテゴリ: 《過去のノート》
船底部屋の小さな丸窓の外はもう暗い。仄かに浮かぶ工場の影が動き始めたところを見ると、どうやら小倉へ向かうフェリーも、近頃あの新しい病気で話題の神戸の港を出航したらしい。相変わらず頭痛がするから、寝てしまえばいいのだけれど、それほどつらくはないし、何かに追い立てられているようで、時間がもったいないような気もして、それで稲垣足穂を読み出した。この軽さが丁度良い。
 
今や問題は性ではなく暴力だ、とインポテンツの僕は考えた。足穂の文庫本を脇へ置いて、僕は連想ゲームを始めたのだ……

《稲垣足穂に対する反ニーチェ的反応》
カラフルなイルミネーションで飾られた夜の神戸の繁華街を青白く照らす月。その月が沈んで、太陽が月に替って朝になれば、そこは実は生ゴミの山。事務所の中では頬に傷のあるそのスジの男たちが金勘定しているのだ。結局問題は、月が本当は三角形であって、その三角形の月が非常な高速で回っているからこそ、月は丸く見えるのだという事にあるらしい。○が△を隠している。もはやわかりきったことだが、つまり性の実体は暴力であるということなのである。だがしかし、踊り子のバタフライは三角形ではないか。そうか、今や○(見かけの月=性)が△(真実の月=暴力)を隠すのではなく、△(暴力)が、あるいは▼(バタフライ=暗黒の暴力)が○(性)を隠すのだ。バタフライは生ゴミを覆うイルミネーション、そしてそれは、売春宿に行けずにストリップ小屋に通う哀れな不能者たちの象徴なのだ。タルホ氏の教えによると、こうした事を研究するのは、物理学者以外には適任者はないのである。そういう訳だから、この頭痛の原因がたとえ煙草だとしても、僕は物理学者として、どうしても煙草を止める訳にはいかないのである。

何故日本初の患者がこの神戸から現れたのか、なるほどそういう事であったか。つまり……

1)現代のペストを恐れてインポテンツとなった男たちは、売春宿から遠ざかりストリップへと走る。
2)バタフライは三角形である。
3)月が三角形である事を発見したのはイナガキ・タルホである。

これだけ資料があれば答えを出すのも簡単である。つまり、〈稲垣足穂=INAGAKI・TARUHO〉の化身たる〈大浦近蟹=OHURA・TIKAGANI〉は、何を隠そう神戸産の蟹なのである。これこそ物理学者としての、僕の最初にして最大の発見である。

今夜、大浦近蟹の生息するという静かな瀬戸内海の上でみる夢は、タルホ氏の言うように、本当にいつもと違うのだろうか……、ほんとうに。




僕が18歳の時のことです。
東京都立駒場高校の、新築されたばかりの体育館で、生徒会主催の総会のようなものが開かれていました。確か春ではなかったかと思うのですが、定かではありません。2年生が運営進行していたので、もしかすると3年生が引退した後の秋のことだったのかもしれません。
舞台では、2年生の司会者が、なにやらしゃべっています。総会といっても、悪がきどもや、世の中を斜に構えて見ているような連中は、いつものごとく欠席、たぶんどっかの喫茶店で「煙草」でもしていたのでしょう。ただ、何故か僕は、その日魔がさしたのか、喫茶店の「煙草」には参加せず、体育館のうしろの方いたのです。
体育館にちゃんと集まった連中が真面目なのかといえば、そうでもありません。僕の周りでは紙飛行機が飛び交っていましたし、前の方はいざ知らず、後ろの3年生のほとんどは、今壇上で行われている議論なんか、ちっとも聞いていませんでした。
「何か質問はありませんか」
司会者が、性能の悪いマイクを通して問いかけます。形式的な問答、儀式みたいなもんです。
通常なら、「それでは、散会とします」と、司会者が力なく宣言して、生徒たちは、この退屈なだらだらとした時間から解放されるはずでした。
ただ、その日の僕は、魔がさしていたのです。僕は、体育館の舞台から一番遠い真後ろで、「ハイ!」と元気よく手を挙げて立ち上がったのです。
質問なんかありません。だいたい今の今まで、何を議論していたのかさっぱりわからない、だって何も聞いちゃいないで、紙飛行機を飛ばしていたのですから。
「はい、高山さん、どうぞ」
僕は、2年前の文化祭で、演劇部の主役に抜擢されて以来、ちっとも人気ものではなかったが、学校では有名人でありました。その舞台を見ていない下級生も、なぜか僕を知らないものはほとんどいませんでした。
体育館の真後ろから、演台に向かって、僕はゆっくりと歩き始めました。モーゼとまではいきませんが、すっと、生徒たちの海の真ん中に、人ひとり通れるほどの道ができました。誰かが、手拍子を始めました。僕がほぼ半分ほど進み、体育館の中央に達した頃には、その手拍子は、じゃっじゃっ、という大きな塊となり、舞台脇の階段を昇るにいたっては、大音響で体育館に鳴り響いていたのです。
僕が壇上に上がると、手拍子はだんだんと小さくなっていきました。僕は、ほんの少し首をすくめて、所定のマイク位置からちょっとズレた位置まで進み、そこで、すくめていた首を、すっくと伸ばして正面を見据えました。
ぱらぱらとなっていた手拍子の残響と、ひそひそと交わされていたおしゃべりのかすかな喧騒の束が、その時ピタッと止み、一瞬間、完全なる静寂に体育館全体が包まれたのです。
《その2》へ続く


本記事は、書きためてある「過去のノート」のコピペではありません。会社の業務、並びに新作「注文の多い料理店」の歌の練習に、たった今から出かけなければならず、したがって一気に書きあげることママならず、やむなく連載記事といたしました。


カテゴリ: 社長のつぶやき
三太郎が言った。
「おかしいっすよ。会社のサイトのブログにこんなこと書くの。わっけわかんないもん。」
そんなきんきん声でわめくな。じゃあ、なんで俺の企みの片棒担ごうってんだ。三太郎は、ニヤニヤしている。

このホームページを、ちょこちょこいじってくれているチェロ弾きの大島君は、三太郎の突然の登場に戸惑った。
「なんだ、この三太郎ってのは。ま、いっか」
と、ご意見ご感想フォームなんかを、深夜、直してくれている。

ライバルはドストエフスキーの「作家の日記」。金芝河の大説「南」も忘れちゃいない。
また、わけのわからないマニアックなこと持ち出してかきまわす。
金芝河の大説「南」、もしお読みになりたい方がおありなら、「ご意見ご感想フォーム」にて御一報を。
その他の投稿もそちらからどうぞ。

わっけわかんねえ(三太郎)

三太郎、まず、君が投稿しなさい。俺がこんな乱暴な口調になったのは、お前さんが文体だなんだかんだと言い出したからだ。責任取りやがれ。

なお、社員たちは、わたくしのブログについて、
「申し訳ありませんが、さっぱりわかりません」
と、口をそろえて言っております。つまり、みんなまともでありますので、どうか取引会社の皆様、くれぐれもご安心くださいますよう、お願い申し上げます。


6月18日水曜日: 三太郎がやってくる?

カテゴリ: 社長のつぶやき
少しばかり急がなきゃならない事情がある。
そんなわけで、本当は6月29日の出来事なのに、それを6月18日の日付で、とっとと公開することにした。いかさまも、ここに極まれりだ。
急がなければならない事情っていったい何だ? 三太郎の言葉を借りて、ミステリーということにして、暫らく、うっちゃっておこう。

三太郎は、俺のブログをミステリーだと言ったのだ。それはいいとして、文体が椎名麟三だとぬかしやがった。おもしれえ、受けてたってやろうじゃねえか。ちょうどいい、俺としても、独り言に飽き飽きしていたところなんだから。
毎日飲んだくれてろ。へらへら笑ってろ。ただし、軽やかに。そうして、俺を、的確に嘲笑え。赤ら顔のピエロは神出鬼没、王女の寝室で、昼まで眠っていてもいい。トリックスターが、この国を、救う。

6月17日火曜日: 沖縄への手紙

カテゴリ: 沖縄の、こと
拝啓
沖縄では、大変お世話になりました。色々とお骨折りくださり、どのような感謝の言葉を申し上げればよいのか、ほんとうにありがとうございました。お礼のお手紙、今日までお送りできませんでしたことも、心よりお詫びいたします。
少し語りすぎたと反省しているのです。黙っていれば通り過ぎてしまえたものを、語ったばかりに、却っておおきな空洞を置いてきてしまったようで、それをどう説明して埋めればよいのかと、ずっと考えていたのです。
僕は、貴方様と沖縄でご一緒させていただきながら、実は、ある光景を思い出しておりました。
もう何年になるのでしょうか、義理の父親が他界し、その葬儀に出席した折のこと、僕は、ただ故人の長女の連れ合いであるという理由だけで、遺族の中心にいなければなりませんでした。その反対側には、義父の生まれ島から駆け付けた、たくさんの方々が並んでいらっしゃいました。
その光景。
正直に言います。僕は、その光景の「風貌」に、圧倒されていました。
ああこの僕は、ここでただひとり、異質な存在として、無言のうちにはじかれている、と、強烈に感じたのです。
空の青は異様に深く、仏桑花の色は、限りなく黒に近い赤でした。隣の妻も、その時は全く見知らぬ他人だったのです。
その光景。

もし貴方様が島の方であったなら、そんな光景を思い出すことなどなかっただろうと思うのです。しかし、僕は、貴方の中に、自分と同じ「沖縄でないもの」を見つけました。すると、あの忘れていた光景が、蘇ってきたのです。

一度分裂した精神は、二度と元に戻ることはないと、何かで読んだ記憶があるのです。これって、誤解を招く表現ですね。分裂症は治らないというような意味に受け止められては困る。全くそうではありません。僕は、この言葉をこう理解した。一度名づけられたものは、その名前から逃れることができないというふうに。名づけるという行為は、そのものを他のものから区別することにほかならない、つまり、そのものは「他」から分裂させられるということなのです。
分かりにくくてごめんなさい。うまく伝えられない、いつものことです。貴方様が、僕のブログを読んでいるなんておっしゃるものだから、そんな人などいるわけないと思っていたものだから、しかし、僕の言葉は、ほんとに貴方様に届いているのでしょうか。

自分の名前を、忘れることはできるのです。僕は、あの光景を、忘れていたのです。

貴方様にお預けした、山猫合奏団の企画書ですが、僕はそれにこう書きました。
「未だ名前のないわれわれのジャンルに、新たな名前を与えてください」
大嘘なのです。名前を頂くことは、できればずっと御遠慮申し上げたい。永遠に母体の子宮のなかで眠る胎児でいたいのです。しかし、人間は生まれなければならないし、生まれたものは、名づけられなければならないのです。

僕は、たくらんでいます。このブログとやらを使って、引き裂かれた自己を、引き裂かれた世界につなげてみようとしているのです。
僕は、過去の僕自身の叫びに、耳を傾けます。そんなふりをして、僕は、たくらんでいるのです。

ニートと呼ばれる少年たちと、莫大なお金を手にする若き起業家たちとは背中合わせです。父親は、息子に何かを伝えなければなりません。昼と夜とは、交互にやってきます。未来は、やがて過去になる運命を背負っています。

沖縄にただ抱かれていても、沖縄は何も伝えてはくれません。自らの中にある「沖縄ではないもの」に気づかない限り、沖縄は何も伝えてはくれないのです。
そのことを、僕は、貴方様に沖縄で会って、久し振りに考えているのです。

ただし、沖縄の人に愛され、沖縄に癒されたいのなら、「沖縄ではないもの」に目を閉ざすことです。生まれることのなかった名もなき子どもこそが、どんな名前の人間よりも愛されるのだから。愛されたい僕にとって、僕のたくらみは、きっと棘の道なのです。でも、もう引き返すことはできません。

また、沖縄でお会いできる日を楽しみにしています。御迷惑でなければ。    敬具



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