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カテゴリ: 《過去のノート》
パスカル「パンセ」
「人間の誤謬の一番おもしろい原因は、感性と理性の戦いである。」(断章82)
 「理性と感性とは争って欺き騙し合う。」(断章84)
 「二つの極端。理性を排除すること、理性をしか受け入れぬ事。」(断章253)
 「理性の最後の歩みは、理性を超えた事物が限りなくあるということを認めることである。」(断章267)
 「理性にとって、理性の否認という事ほどふさわしいものはない。」(断章272)
 「理性と情念との間に行われる人間の内部の戦い。
 もし人間が情念を持たず理性だけを持っているとしたら……
 もし人間が理性を持たず情念だけを持っているとしたら……
 しかし人間はいずれをも持っているために、戦わないでいることが出来ない、なぜなら一と戦うことによってしか他と平和を保つことはできないのであるから。それ故人間 は常に分立し、自己に逆らう。」(断章412)
 「理性と情念との間のこの内的闘争は、平和を望んだ人々を二派に分けた。一は情念を捨てて神となることを望み、他は理性を捨てて野獣となることを望んだ。しかしいずれも叶わなかった。理性は依然としてとどまり、情念の卑小と不正をとがめ、理性を捨てる人々の憩いをかき乱すのであり、また情念は情念を捨てようと望む人々のうちに依然として活発に存在するのである。」(断章413)
 「真に我々を知ることができるのは、理性の傲慢なる活動によってではなく、反って理性の素直な服従によってである。」(断章434)

そこから「愛」への道程。パスカルにとってはたった一歩の距離でも、信仰に縁なき者には隠されている道。
パスカルは「神を知るがゆえに心から神につかえる人々」と「神を知らぬがゆえに神を捜し求める人々」(断章194)について語ったが、「神を知らぬ人」が「神を捜し求める」ようになるまでの道程は明らかではない。
きっと、そうではない。隠れているのは、道ではなく、別の顔を持つ無数の「神」なのではないか。
その神は、君たちの、すぐ隣にいる。

 (断章233)「賭け」について。
 (断章460)三つの秩序「身体」「精神」そして「意志」。
 (断章475)固有の意志とその幸福について。
 (断章793)三つの秩序「身体」「精神」そして「愛」。

カテゴリ: 《過去のノート》
「いかなる人といえども、哲学者ほど幸福にはなり得ない。」(ヴォルテール)

 ショウペンハウエルは自分の幸福のために「厭世的な精神」へと逃げたにすぎない。彼は「厭世的な精神」を唱う「最高の精神的労作」とやらを仕上げ、それによって幸福を手中にしたのだ。
 だが誰もが「厭世的精神」によって救済されるとは限らない。

 「悠々たるかな天壌、遼々たるかな古今、五尺の小躯を以て、この大をはからむとす。ホレーショの哲学竟に何等のオーソリチィーに価するものぞ。万有の真相は唯一言にて悉す。曰く『不可解』この恨みを懐いて、煩悶終に死を決す。既に巌頭に立つに及んで胸中何等の不安ある無し。始めて知る、大いなる悲観は大いなる楽観に一致するを」

 「大いなる楽観」が幸福と近しいものだとしても、藤村操は哲学者になれずに身を投げた。
 一方、晩年のショーペンハウエルは、毎晩豪華な食卓を囲み、高級なワインに酔いながら、自らの哲学を声高に語ったという。

 「自分の嗜好をひとつの哲学に仕立て上げること、しかもほとんど常にその嗜好をわかたない人々を軽蔑する哲学に仕立て上げることはきらいだ。」(サガン)

 しかし、あのソクラテスですらこう言ったのではなかったか、「僕が自分の言うことを真実だと思わせようと努力しているのは、この僕自身に対してなのだ」と。ましてや俗人のショーペンハウエルは、毎晩飲んだくれることで酒神ディオニソスをなだめ、辛うじて自分のアポロンの秩序を信じていられたのかもしれぬ。サガンよ、そう思えば哲学者も哀れではないか。

 「人間の幸福と不幸のこれらの一切のものの物質的基盤は、肉体的な快楽か肉体的な苦痛かである」。
「尤も人間は純粋に知的な享楽、極めて無邪気な遊戯乃至または日常の会話から始めて最高の精神的労作に至るまで多くの段階を含んでいる」。
「意志は段階的に現象化せられるものであり、それぞれの他の段階のものを犠牲にして生きている」。

 ショーペンハウエルは何を犠牲にして酒を飲んでいたのか。
 僕はといえば、哲学者にはなれず、身投げも出来ず、何も犠牲にせず。善でも悪でもなければ、それは馬鹿である。

6月 9日月曜日: 「語るな、かたち作れ」

カテゴリ: 書斎で書くこと
1983年の僕のノートには、次のような引用が書き込まれてありました。

埴谷雄高「死霊の序」より
 「もしこの宇宙の一切がそれ以上にもそれ以下にも拡がり得ぬ一つの言葉に結晶して、しかもその一語をきっぱりと叫び得たとしたら、そのマラルメ的願望がたとえ一瞬たりとも私に充たされ得たとしたら、こんなだらだらと長い作品など徒らに書きつづらなくとも済むだろう。私はひたすらその一語のみを求める。」

1989年、僕は再度この文章について、ノートに書き残しました。

6年前のボクは、この〈内容〉だけが問題だった。しかし今読み返して気にかかるのは、むしろその前後の文章の〈姿〉なのだ。
《前》「そこから宇宙の涯へまで拡がるほどの優れた発想は深い感動からのみ起こることを私は知っている。水面に落ちた一つの石が次第に拡がりゆく無数の輪を描き出す音楽的な美しさを私は知っている。にもかかわらず」……
《後》「けれども、恐らくその出発点が間違っている私には、その一つの言葉、その一つの宇宙的結晶体はつねに髪一筋向うに逃げゆく影である。」

「死霊」の晩年に書かれた部分は、緊迫感が薄いという評判もあります。最後のほうの苦労は、いかに小説的に面白くするかだったというようなことを、埴谷雄高自身が語っていたという話も聞きます。
ゲーテは、世の芸術家に向けて、「語るな、かたち作れ」と言いました。

「鋭利な解剖刀のような普遍的法則が、それさえあれば、この拷問的の荒縄を涙が出る程切りとばしてばらばらにしてやるのに」梶井基次郎

この一文で、梶井基次郎は、語ったのでしょうか、それとも形づくったのでしょうか。

ある筋のお方のリクエストにお答えして、再度アルトーに登場してもらいましょう。

「哲学的闘争の後に形づくられる一つの無軌道……二重の仕事」

続きまして、もしかして、こんなのもお好きかしらん?

 近代主義の雑誌『南―北(ノール・シュド)』(1917年3月創刊、パリ)1918年3月号、編集者ピエール・ルヴェルディのエッセーの一節。ブルトン一派のシュルレアリスム方法論の確立に有力な示唆を与える。
 「イメージは、精神の純粋な創造物であり、それは比較から生まれるものでなく、多少とも相離れたふたつの現実の接触から生れる。この接触するふたつの現実の相互関係が、相離れておればおるほど、しかもそれが正当であればあるほどイメージは強烈なものになる。つまり、いっそう感動的な力と、詩的な現実をもつものとなろう。」

いったい僕は、何を書きたいのでしょう。連載漫画。いたって冴えないオチです。ドラフト保存のまんまにしておきゃよかった。
明日は、すっかり過去に逃げ込もう。

「死霊」 amazonへ続く・・・

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6月 8日日曜日: その夜。

カテゴリ: 書斎で書くこと
父さん。
人間を「偉い」とか「偉くない」とかで判断していいのでしょうか。
僕は、父さんの書斎の本棚の中で、ひときわ異様に黒光りしていた埴谷雄高の「死霊」という本を持ち出して、一日中読みふけっています。いったいどうすれば、もっとも罪なく生きることができるのか、ずっと考え続けているのです。
父さん、父さんは若い頃、この未完の小説を、どのように読んだのですか? 父さんは、この恐ろしい小説から、どのように離れることができたのですか。
埴谷雄高が奥さんに堕胎させたというはなし、本当なのですか。もしそれが一番正しい選択だったのだとしたら、僕は、このまま生きていて許されるのでしょうか? この生きるという不快から逃れるには、死を選ぶしかないのでしょうか。お願いです父さん、どうか教えて欲しいのです。

息子よ。
おまえは、どのようにして、毎日お前の腹を満たしているのだ? 責めているのではない。決して責めているのではないから、どうか、死なねばならないなどと考えて、毎日君のために食事を作ってくれる母さんを、君の大好きな母さんを悲しませるようなことは、絶対にしてはいけない。
息子よ。ずっと閉ざされたまま久しい君の部屋の窓を、明日の朝一番に開け放してみなさい。そして、部屋の中に新鮮な風を入れ、いっぱいの日の光で満たしてみなさい。そうすれば、君の元気も少しは回復するだろうから、どうだ、今度父さんと旅に出かけてみないか。母さんの生まれた南国の島へ、ふたりで行ってみないか。
君が沖縄で癒されるだろうなどと、そんな甘ったれたことを考えているわけではない。そうではなくて、君の母さんがずっと抱え込んできた現実を、君にも感じてもらいたいのだ。あの頃の父さんが出会った沖縄を、君に知ってもらいたいのだ。そうすれば、父さんがどのように「死霊」を忘れることができたのか、きっとわかってもらえるに違いない。

今日、君に問われて、父さんは「死霊」のこと、思い出そうとしたのだが、ずいぶんと忘れてしまっていることに気がついた。もう一度読み直してみようかと思ったが、会社なんかやりながら、片手間に読めるような代物じゃない。そのぐらいのことは覚えている。
いつか君と泡盛でも飲みながら、君から「死霊」についての講義が聞ける時の来ることを、父さんはとても楽しみにしているよ。

注:ここに登場した「息子」はフィクションです。実在の人物とは全く関係ありません。(ほんとかな)

カテゴリ: 社長のつぶやき
沖縄で営業してます・・・

自社発信の「商品」を持って営業すること、それが、「会社」には、きっと必須のことだと思うのです。その経験を持たない会社は、未だ「会社」ではなく、その足元は、とても脆弱でしょう。

当初、山猫合奏団のCDを作るにあたって、自前のPCで焼いたような簡単なものでもいいのではないか、と僕は考えていました。どんな形態にしても、中の「音楽」は同じものではないか。

しかし、帯を作ってバーコードを貼り付け、包装ラップをして、どうにか世に流通する商品としての体裁を整え、実際それを持って営業しているうちに、これでよかった、これしかなかったという思いが、どんどんと増してきました。
営業といっても、CDそのものを売る営業に限ったことではないのです。全く違う業務の営業でも、うちではこんなものも作っているのですとCDを出すと、先方はみんな笑顔になり、会社の印象も、よく受け取られるのです。彼らは、中の音楽を聴くわけではありません。目の前にある、CDという商品の「姿」を見て、好印象を持ってくれるのです。

白石准作曲、宮沢賢治原作、(株)M.A.P.制作のCD「セロ弾きのゴーシュ」は、会社が作った初めての「商品」です。作品の性質からいって、何万枚も売れて、大きな利益を会社にもたらすなどということは、まあないでしょう。元が取れるかどうかも怪しい。しかし、このCDは、採算以上のとても大切な何かを、会社に与えてくれたのです。
今後、本来の業務でも自らのコンテンツを作り出し、成長させることができたとしたら、このCDを作成した経験があったからだ、ということになるでしょう。それを目指して、CDを作った経験を、会社として今後もつなげて生かしていかなければならないのです。

このCD持って、町へ出ましょう。営業マンになりましょう。その点について、まだまだ僕らは経験不足です。
昼間、太陽のもと、町を歩く営業マン、彼らが一番偉い、と、僕はいよいよ思っているのです。

それにしても、やっぱり沖縄の太陽は痛いです。


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