11月 9日日曜日: 決して話さない理由
カテゴリ: 沖縄の、こと
もうオジイオバアとなってしまった沖縄の「父」や「母」が、自分が体験した沖縄戦のことを子供に話して聞かさない理由のひとつについて、こんなことを聞いたことがある。
話してしまったら、子供達の中に、大和に対する憎しみが生まれてしまうだろう。子供達は、これから日本人として生きていかなければならないのに、その日本を憎まざるをえないとしたら、子供達の未来は、とても生きにくいものとなってしまうだろう。だから、実の子供達には、彼らの将来の幸福のために、沖縄戦について、決して本当のことは話さないのだと。
目取真俊氏の発言は、時に過激で、取り付く島のないことがある。
「目取真俊の父親は、息子を連れて自分が沖縄戦で辿った道を歩き、自分の体験について、克明に語って聞かせたらしい」という話を、儀間進氏から伺った。
自分が体験した沖縄戦について決して話さない人が100人いれば、やはり100通りの理由があるのに違いない。どこかから、もう一切詮索などしないことにしましょうね、という声が、聞こえてくる。その言葉に、素直に従える時代が来ることを、心から願う。
三太郎。
今のところは、この程度で許して欲しい。いずれ僕のところに、確固たる確信が訪れたなら、また少しづつ、話してみようと思っているから。
アイヌについても、ボチボチと少しづつ…
話してしまったら、子供達の中に、大和に対する憎しみが生まれてしまうだろう。子供達は、これから日本人として生きていかなければならないのに、その日本を憎まざるをえないとしたら、子供達の未来は、とても生きにくいものとなってしまうだろう。だから、実の子供達には、彼らの将来の幸福のために、沖縄戦について、決して本当のことは話さないのだと。
目取真俊氏の発言は、時に過激で、取り付く島のないことがある。
「目取真俊の父親は、息子を連れて自分が沖縄戦で辿った道を歩き、自分の体験について、克明に語って聞かせたらしい」という話を、儀間進氏から伺った。
自分が体験した沖縄戦について決して話さない人が100人いれば、やはり100通りの理由があるのに違いない。どこかから、もう一切詮索などしないことにしましょうね、という声が、聞こえてくる。その言葉に、素直に従える時代が来ることを、心から願う。
三太郎。
今のところは、この程度で許して欲しい。いずれ僕のところに、確固たる確信が訪れたなら、また少しづつ、話してみようと思っているから。
アイヌについても、ボチボチと少しづつ…
11月 5日水曜日: 三太郎からのバースデーカード
カテゴリ: 三太郎
前略。
お久しぶりでございます。ほぼひと月ぶりですなあ。
相変わらず、なかなか先へ進まないご様子。「ほんとうのこと」に、あまりにもこだわり過ぎていらっしゃるようで。
あなたのお好きな儀間進オジイは、たしか二つの負い目があるとおっしゃったのではないですか?あなたは、そのうちの「戦争体験がない」という、ひとつめの負い目だけは語ったが、しかしふたつめの負い目についてはどうしようかと躊躇している。このまま進まぬ物語に付き合わされるのはかなわない、だからオイラが代わって発表しましょう。ばっさりと。
儀間進氏曰く
「私には負い目がふたつあります。ひとつは戦争体験がないこと、そしてもうひとつは、琉大文学をクビにならなかったことです。」
どうです? すっきりなさったのでは? そんな怖い顔でオイラを見ないでください。あなたはmixiという、開かれてるんだか内輪なんだかよくわからない場所の、「沖縄の独立を考える」なる「コミュ」とかなんとかいうところに、既にこんな文章を書き込んでいらっしゃるではありませんか。
《mixiへのコメント》
「アイヌ」という言葉は、本来「人間」という意味であったと記憶しています。「シサム(隣人)」である大和と出会うまで、「アイヌ」にとっての他者は、多分「自然」であったのだと思うのです。「アイヌ」にとってのアイデンティティーは、偉大なる他者としての「自然」を鏡にして、そこに自分たちの姿を写し出すことによって、確かに成立していたのではないでしょうか。「人間」という名のアイデンティティーです。
ところが「不幸(?)」にも「シサム」と出会ってしまった時から、「シサム」という他者の名前は、「シャモ」という憎しみを帯びた言葉に変貌し、元来人間を意味した「アイヌ」という言葉は、「シャモ」と区別された「自ら」を規定する呼び名となったのです。
僕は、「沖縄」を考える時、いつも普遍的な地表に導かれていってしまいます。人が、他者と出会い、そして理解し合うとはどういうことなのか。「わたし」は「あなた」を本当に理解できるのだろうか、というふうに。
新川明氏の反復帰論はご存知でしょうか。彼は沖縄独立論者として自分が規定されることに異を唱えます。「独立論」の先には、結局、国家が存在するから。新川明氏は、遠い遠い彼方に「国家」という枠組みのない世界を見据えて、今現在、沖縄はどうあるべきかを、模索し続けてこられたように思うのです。
一方で、新川明とは対極にいる作家・大城立裕氏と、今僕は仕事をさせていただいています。大和の言葉で、基地内で開かれる「カクテル・パーティー」の親善の欺瞞を告発し、沖縄に始めて芥川賞を齎しました。氏のあり方もまた、我々がとやかく言うことの出来ない、沖縄のひとつの選択であったのだろうと思うのです。
50歳にして、今僕は、たくさんの沖縄の方々と出会い、たくさんの勉強をさせてもいただいています。
そうして今、僕は、妻の故郷である「沖縄」を通して、僕のなかの「大和」を、問い続けているような気がするのです。
あなた様がこの書き込みをされた途端、それまで盛り上がっていた議論が、ピタリとストップしてしまいました。あなたのお言葉は、いつも周りに冷や水を浴びせて沈黙を生み出します。それは「ほんとうのこと」と関係があるのでしょうか。それとも…
新川明氏は、琉大文学を「クビ」になった方。儀間進氏は、今も時々新川明氏とお会いになるという…
これについてはオイラの出番はここまで。この後の続きはお任せいたします。
そして、もうひとつのほんとうのこと。誰にも言えないほんとうのこと。それは言わぬが花、それこそはミステリーということにして、もういい加減に先へお進みになられることを期待しております。
お誕生日、おめでとうございます。誰も祝ってくれないあなた様への、オイラのお祝いのメッセージでした。
えへへ…
お久しぶりでございます。ほぼひと月ぶりですなあ。
相変わらず、なかなか先へ進まないご様子。「ほんとうのこと」に、あまりにもこだわり過ぎていらっしゃるようで。
あなたのお好きな儀間進オジイは、たしか二つの負い目があるとおっしゃったのではないですか?あなたは、そのうちの「戦争体験がない」という、ひとつめの負い目だけは語ったが、しかしふたつめの負い目についてはどうしようかと躊躇している。このまま進まぬ物語に付き合わされるのはかなわない、だからオイラが代わって発表しましょう。ばっさりと。
儀間進氏曰く
「私には負い目がふたつあります。ひとつは戦争体験がないこと、そしてもうひとつは、琉大文学をクビにならなかったことです。」
どうです? すっきりなさったのでは? そんな怖い顔でオイラを見ないでください。あなたはmixiという、開かれてるんだか内輪なんだかよくわからない場所の、「沖縄の独立を考える」なる「コミュ」とかなんとかいうところに、既にこんな文章を書き込んでいらっしゃるではありませんか。
《mixiへのコメント》
「アイヌ」という言葉は、本来「人間」という意味であったと記憶しています。「シサム(隣人)」である大和と出会うまで、「アイヌ」にとっての他者は、多分「自然」であったのだと思うのです。「アイヌ」にとってのアイデンティティーは、偉大なる他者としての「自然」を鏡にして、そこに自分たちの姿を写し出すことによって、確かに成立していたのではないでしょうか。「人間」という名のアイデンティティーです。
ところが「不幸(?)」にも「シサム」と出会ってしまった時から、「シサム」という他者の名前は、「シャモ」という憎しみを帯びた言葉に変貌し、元来人間を意味した「アイヌ」という言葉は、「シャモ」と区別された「自ら」を規定する呼び名となったのです。
僕は、「沖縄」を考える時、いつも普遍的な地表に導かれていってしまいます。人が、他者と出会い、そして理解し合うとはどういうことなのか。「わたし」は「あなた」を本当に理解できるのだろうか、というふうに。
新川明氏の反復帰論はご存知でしょうか。彼は沖縄独立論者として自分が規定されることに異を唱えます。「独立論」の先には、結局、国家が存在するから。新川明氏は、遠い遠い彼方に「国家」という枠組みのない世界を見据えて、今現在、沖縄はどうあるべきかを、模索し続けてこられたように思うのです。
一方で、新川明とは対極にいる作家・大城立裕氏と、今僕は仕事をさせていただいています。大和の言葉で、基地内で開かれる「カクテル・パーティー」の親善の欺瞞を告発し、沖縄に始めて芥川賞を齎しました。氏のあり方もまた、我々がとやかく言うことの出来ない、沖縄のひとつの選択であったのだろうと思うのです。
50歳にして、今僕は、たくさんの沖縄の方々と出会い、たくさんの勉強をさせてもいただいています。
そうして今、僕は、妻の故郷である「沖縄」を通して、僕のなかの「大和」を、問い続けているような気がするのです。
(2008/10/18)
あなた様がこの書き込みをされた途端、それまで盛り上がっていた議論が、ピタリとストップしてしまいました。あなたのお言葉は、いつも周りに冷や水を浴びせて沈黙を生み出します。それは「ほんとうのこと」と関係があるのでしょうか。それとも…
新川明氏は、琉大文学を「クビ」になった方。儀間進氏は、今も時々新川明氏とお会いになるという…
これについてはオイラの出番はここまで。この後の続きはお任せいたします。
そして、もうひとつのほんとうのこと。誰にも言えないほんとうのこと。それは言わぬが花、それこそはミステリーということにして、もういい加減に先へお進みになられることを期待しております。
お誕生日、おめでとうございます。誰も祝ってくれないあなた様への、オイラのお祝いのメッセージでした。
えへへ…
10月 4日土曜日: 起承転結の「承」の始まり
カテゴリ: 三太郎
【三太郎からの投稿】
《1985年7月13日のノート》を読ませていただきました。今か今かと待っていましたが、ようやくですね。
穴凹からの一歩。なんのことはない、俳優という答えが、足もとに転がっていたことに気がついたということなのでしょうか。灯台下暗し、あんまり遠くを見過ぎていたのかな。
沖縄へ続く道の「アイヌ」という入口。起承転結の「承」の始まり。
今後の展開を楽しみにしています。
【三太郎への返信】
ありがとう。しかし、灯台下暗しなんて簡単なことではなかったのだ。
7月13日の前の半年くらい、僕のノートは膨大な文字で埋め尽くされている。キルケゴールとヘーゲル、そして「資本論」、フッサールから現象学、数多くの戯曲と心理学関係の専門書、果ては大江健三郎の「万延元年のフットボール」までの全著作。それらについて書かれた僕の文章は、諧謔と、不信と、間違った解釈と、自己嫌悪に満ちている。三太郎、君はそのことを知っているはずではないか。
実のところ、それを通り過ぎなければ7月13日にたどり着けなかったし、それ以降だって、僕は揺れ続け、そうして最後には相対性理論からエントロピーまで持ち出すことになる。そしてやはり僕は、そのことも合わせて伝えなければ、僕の「沖縄」を理解してもらうことは不可能だという気がしているのだ。残念ながら君の期待に反して、僕はまだまだ躓くことになりそうだ。
【三太郎の罵詈雑言】
せっかく貴方のことを考えて協力して差し上げたつもりなのに、貴方はまた余計なことを書いて混ぜっ返す。なんで「ありがとう、これからもよろしくね」ってなこと言って、後はうっちゃっておくくらいの裁量を持っていらっしゃらないのでしょうか。貴方は沖縄をどこへ持っていこうとされているのか。貴方の妄想で作られた貴方だけの沖縄を押し付けられては不愉快です。もはや貴方の言葉を聞いてくれた好意的な人たちの誰もが、きっと口を閉ざすでしょう。やがて誰もが耳を塞ぐでしょう。そして貴方の声は、このわたくしにしか届かなくなるのです。
しかし、わたくしは貴方様が孤独になることを許しはしません。御安心なさい。あなたが黄泉の国へ召されるまで、わたくしの憎しみの目は貴方様の震える指先を捉え続け、またわたくしの悲しみの耳は、貴方様の苦悶の呼吸を響かせ続けることでしょう。
【呟き】
三太郎よ。
この僕に、今のこの時の僕自身を語る以外に、いったいどんな術があるというのか。全ての人について、人は自分以外について語ることなどできないと、君は思わないのか。
【三太郎の無言の呟き】
わたくしは、貴方です。
《1985年7月13日のノート》を読ませていただきました。今か今かと待っていましたが、ようやくですね。
穴凹からの一歩。なんのことはない、俳優という答えが、足もとに転がっていたことに気がついたということなのでしょうか。灯台下暗し、あんまり遠くを見過ぎていたのかな。
沖縄へ続く道の「アイヌ」という入口。起承転結の「承」の始まり。
今後の展開を楽しみにしています。
【三太郎への返信】
ありがとう。しかし、灯台下暗しなんて簡単なことではなかったのだ。
7月13日の前の半年くらい、僕のノートは膨大な文字で埋め尽くされている。キルケゴールとヘーゲル、そして「資本論」、フッサールから現象学、数多くの戯曲と心理学関係の専門書、果ては大江健三郎の「万延元年のフットボール」までの全著作。それらについて書かれた僕の文章は、諧謔と、不信と、間違った解釈と、自己嫌悪に満ちている。三太郎、君はそのことを知っているはずではないか。
実のところ、それを通り過ぎなければ7月13日にたどり着けなかったし、それ以降だって、僕は揺れ続け、そうして最後には相対性理論からエントロピーまで持ち出すことになる。そしてやはり僕は、そのことも合わせて伝えなければ、僕の「沖縄」を理解してもらうことは不可能だという気がしているのだ。残念ながら君の期待に反して、僕はまだまだ躓くことになりそうだ。
【三太郎の罵詈雑言】
せっかく貴方のことを考えて協力して差し上げたつもりなのに、貴方はまた余計なことを書いて混ぜっ返す。なんで「ありがとう、これからもよろしくね」ってなこと言って、後はうっちゃっておくくらいの裁量を持っていらっしゃらないのでしょうか。貴方は沖縄をどこへ持っていこうとされているのか。貴方の妄想で作られた貴方だけの沖縄を押し付けられては不愉快です。もはや貴方の言葉を聞いてくれた好意的な人たちの誰もが、きっと口を閉ざすでしょう。やがて誰もが耳を塞ぐでしょう。そして貴方の声は、このわたくしにしか届かなくなるのです。
しかし、わたくしは貴方様が孤独になることを許しはしません。御安心なさい。あなたが黄泉の国へ召されるまで、わたくしの憎しみの目は貴方様の震える指先を捉え続け、またわたくしの悲しみの耳は、貴方様の苦悶の呼吸を響かせ続けることでしょう。
【呟き】
三太郎よ。
この僕に、今のこの時の僕自身を語る以外に、いったいどんな術があるというのか。全ての人について、人は自分以外について語ることなどできないと、君は思わないのか。
【三太郎の無言の呟き】
わたくしは、貴方です。
9月21日日曜日: ねえ、あんた
カテゴリ: 三太郎
あんた、まだ起きてんの。もうやめなよ。何もかも忘れてさ、もう寝たほうがいいよ。
あたい、あんたの日記、好きだよ。毎日読んで、泣いている。ほんとのこと、やっぱりあんたは言えないんだよね、だからあんたはさ、昔のことばに、そっと今の気持ちを託してるんだよね。あの時とおんなじだ、あんたのさ、いちばんたいせつな子供たちのためだけに書いていたあの時のあの手紙。あたい、あんたの日記、読むのとっても好きだけど、もうやめなよ、だって、とっても悲しいからさ。
あした起きて晴れてたら、あたいはあんたのいる西の空の方を眺めてさ、ちょっと深呼吸なんかしてみたり、ああ、きっと、あんたも元気になっただろうって、そう思えばこんなあたいだって嬉しくなれるんだから、その日一日頑張れるんだから、ほんとはコーヒー入れたげたいけど、あんたが独りでいたいときは、邪魔しないって決めたんだ。ずっと前に決めたんだ。
ねえあんた、あんたは一人じゃないんだよ、死ぬまでずっと、きっと一人じゃないんだよ。
三太郎なの?
あたい、あんたの日記、好きだよ。毎日読んで、泣いている。ほんとのこと、やっぱりあんたは言えないんだよね、だからあんたはさ、昔のことばに、そっと今の気持ちを託してるんだよね。あの時とおんなじだ、あんたのさ、いちばんたいせつな子供たちのためだけに書いていたあの時のあの手紙。あたい、あんたの日記、読むのとっても好きだけど、もうやめなよ、だって、とっても悲しいからさ。
あした起きて晴れてたら、あたいはあんたのいる西の空の方を眺めてさ、ちょっと深呼吸なんかしてみたり、ああ、きっと、あんたも元気になっただろうって、そう思えばこんなあたいだって嬉しくなれるんだから、その日一日頑張れるんだから、ほんとはコーヒー入れたげたいけど、あんたが独りでいたいときは、邪魔しないって決めたんだ。ずっと前に決めたんだ。
ねえあんた、あんたは一人じゃないんだよ、死ぬまでずっと、きっと一人じゃないんだよ。
三太郎なの?
8月26日火曜日: 三太郎からの使者
カテゴリ: 三太郎
こんばんは。始めてお目にかかります。三太郎の執事で御座います。
三太郎の命により、お届けものを持参して参りました。
いえいえお構いなく、すぐに退散いたします。ただ、このところの三太郎様のご様子もお伝えしておいたほうがよろしかろうと、いえ三太郎様にお変わりはございません。ただ、三太郎様は、あなた様のことを大変お気にかけているようで、そのことをお伝えしておきたいと、わたくしめの勝手な考えで御座います。
今月の初め頃でしたでしょうか、あなた様が《頭痛日記》なるものを認め始められたのは。三太郎様はその時、こんなことをおっしゃっておられました。
「いよいよ、穴ぼこから出てきたようですよ。でもそれが頭痛日記とはねえ。屈折しているにも程がある。沖縄沖縄と何かと匂わしておられるが、このペースだと沖縄にたどり着くのはいったいいつのことになるのやら。」
そう語る三太郎様はとても楽しそうでいらっしゃいました。
「しかし、なぜ《穴ぼこ》から《頭痛》に到る84年から86年の、ほぼ2年間をすっ飛ばしてしまわれたのだろう。たぶん、そこに大きな秘密があるはずなのだが、しかしそれについても、今後ちょこちょこと小出しにしていかれるらしい。注意していないと、読みすごしてしまうね。できれば読みすごしてもらいたいというような意志も感じる。しかし、こんなややこしい構造のブログらしきもの、私くらいコアな読者でなければ全く理解不能ですね。まあ、ご本人は伝えるということを半ば諦めていらっしゃるらしい。死んだ後に、子供達だけでも読んでくれればいいくらいに考えておられるのでしょう、きっと。」
そのお顔はまじめではありましたが、でもどこかアカデミックな研究についてお話されているようで、それはそれで楽しんでおられるようでした。
しかし、ここ数日、三太郎様の様子が一転したのです。眉間に皺を寄せて、なにかとてもご心配なことがおありなご様子、わたくしは、どうかいたしましたかと、お声をかけずにはいられませんでした。
三太郎様はわたくしの質問にはお答えにならず、その代わり、三太郎が数日前、あなた様の書斎に潜り込んで持ち出した古いノートを、お返しに行くようわたくしに御命じになったのです。
お詫びが後になってしまいました。大変申し訳御座いませんでした。三太郎の勝手な振る舞い、いくらあなた様よりお許しを頂いているとはいえ、あなた様の命より大切なノートを持ち出すなどもってのほか、心よりお詫びいたします。でも、これも三太郎のあなた様への思いがさせたこと、どうかお許し頂きたいと存じます。
今晩はそのお預かりしたあなた様の大切なノートをお返しに上がった次第です。あなたに知られずに持ち出したものですから、やはりそっとお返しすることもできたのですが、あえてお詫びを兼ねてお会いするよう、三太郎より申し付かったのです。そしてもうひとつ、三太郎様からあなた様へのご伝言が御座います。
まず、これを見ていただきたいのです、あなた様の古いノートに引かれた新しいアンダーラインです。1983年7月、あなたが公開することをしなかったメモです。
文学座アトリエ「G・R・ポイント」
…感動、上質の演技、だが深遠さの欠如、演出助手T君の思い、それら全てのアンバランス
……舞台と現場の現状との差異という現実。
〈ペスト〉=理性の破壊。(脳と肺が侵される。)肉体の復権。カミュの「ペスト」、既成小説の否定。新たな小説の模索。〈小説の自己否定〉
〈エイズ〉=性欲の破壊。新たな理性の時代へ。芝居のモチーフとして。肉体崇拝への警鐘。新たな演劇。〈演劇の自己否定〉
「飲食より、呼吸の方が、上等な作用である」
(森鴎外「ヰタ・セクスアリス」)
そしてこのアンダーライン、二箇所の「自己否定」の文字に引かれた二本の線、これは、あなた様が最近引かれたものですね。もうお隠しになる必要はありません。腎臓癌は脳と肺に転移するのですよね。ただ、三太郎様もただ者ではありません。あなたのお体を心配しているのではない。事実あなた様が簡単に死ぬはずはないと確信されておられますし、たとえこの現実であなた様が死んだとしても、お悲しみにはならないでしょう。そうではなく、あなた様が「自己否定」の文字にアンダーラインを引いたということなのです。もしかしてあなたは、また原罪というような、無味乾燥な穴ぼこへ戻ろうとしておられるのではないですか。もしそうなら、それだけは絶対におやめいただきたいと、そのことをはっきりとお伝えしてこいと申し付かったので御座います。
加えて、三太郎が心配しているなどとは決して言うなとの命令だったのですが、わたくしの一存でお話してしまいました。このことは、三太郎様には内密にお願いいたします。わたくしが叱られてしまいますので。
長々とお邪魔いたしました。わたくしがこれ以上申し上げることは何もございません。これで失礼いたします。お元気でお過ごしください。
三太郎の命により、お届けものを持参して参りました。
いえいえお構いなく、すぐに退散いたします。ただ、このところの三太郎様のご様子もお伝えしておいたほうがよろしかろうと、いえ三太郎様にお変わりはございません。ただ、三太郎様は、あなた様のことを大変お気にかけているようで、そのことをお伝えしておきたいと、わたくしめの勝手な考えで御座います。
今月の初め頃でしたでしょうか、あなた様が《頭痛日記》なるものを認め始められたのは。三太郎様はその時、こんなことをおっしゃっておられました。
「いよいよ、穴ぼこから出てきたようですよ。でもそれが頭痛日記とはねえ。屈折しているにも程がある。沖縄沖縄と何かと匂わしておられるが、このペースだと沖縄にたどり着くのはいったいいつのことになるのやら。」
そう語る三太郎様はとても楽しそうでいらっしゃいました。
「しかし、なぜ《穴ぼこ》から《頭痛》に到る84年から86年の、ほぼ2年間をすっ飛ばしてしまわれたのだろう。たぶん、そこに大きな秘密があるはずなのだが、しかしそれについても、今後ちょこちょこと小出しにしていかれるらしい。注意していないと、読みすごしてしまうね。できれば読みすごしてもらいたいというような意志も感じる。しかし、こんなややこしい構造のブログらしきもの、私くらいコアな読者でなければ全く理解不能ですね。まあ、ご本人は伝えるということを半ば諦めていらっしゃるらしい。死んだ後に、子供達だけでも読んでくれればいいくらいに考えておられるのでしょう、きっと。」
そのお顔はまじめではありましたが、でもどこかアカデミックな研究についてお話されているようで、それはそれで楽しんでおられるようでした。
しかし、ここ数日、三太郎様の様子が一転したのです。眉間に皺を寄せて、なにかとてもご心配なことがおありなご様子、わたくしは、どうかいたしましたかと、お声をかけずにはいられませんでした。
三太郎様はわたくしの質問にはお答えにならず、その代わり、三太郎が数日前、あなた様の書斎に潜り込んで持ち出した古いノートを、お返しに行くようわたくしに御命じになったのです。
お詫びが後になってしまいました。大変申し訳御座いませんでした。三太郎の勝手な振る舞い、いくらあなた様よりお許しを頂いているとはいえ、あなた様の命より大切なノートを持ち出すなどもってのほか、心よりお詫びいたします。でも、これも三太郎のあなた様への思いがさせたこと、どうかお許し頂きたいと存じます。
今晩はそのお預かりしたあなた様の大切なノートをお返しに上がった次第です。あなたに知られずに持ち出したものですから、やはりそっとお返しすることもできたのですが、あえてお詫びを兼ねてお会いするよう、三太郎より申し付かったのです。そしてもうひとつ、三太郎様からあなた様へのご伝言が御座います。
まず、これを見ていただきたいのです、あなた様の古いノートに引かれた新しいアンダーラインです。1983年7月、あなたが公開することをしなかったメモです。
文学座アトリエ「G・R・ポイント」
…感動、上質の演技、だが深遠さの欠如、演出助手T君の思い、それら全てのアンバランス
……舞台と現場の現状との差異という現実。
〈ペスト〉=理性の破壊。(脳と肺が侵される。)肉体の復権。カミュの「ペスト」、既成小説の否定。新たな小説の模索。〈小説の自己否定〉
〈エイズ〉=性欲の破壊。新たな理性の時代へ。芝居のモチーフとして。肉体崇拝への警鐘。新たな演劇。〈演劇の自己否定〉
「飲食より、呼吸の方が、上等な作用である」
(森鴎外「ヰタ・セクスアリス」)
そしてこのアンダーライン、二箇所の「自己否定」の文字に引かれた二本の線、これは、あなた様が最近引かれたものですね。もうお隠しになる必要はありません。腎臓癌は脳と肺に転移するのですよね。ただ、三太郎様もただ者ではありません。あなたのお体を心配しているのではない。事実あなた様が簡単に死ぬはずはないと確信されておられますし、たとえこの現実であなた様が死んだとしても、お悲しみにはならないでしょう。そうではなく、あなた様が「自己否定」の文字にアンダーラインを引いたということなのです。もしかしてあなたは、また原罪というような、無味乾燥な穴ぼこへ戻ろうとしておられるのではないですか。もしそうなら、それだけは絶対におやめいただきたいと、そのことをはっきりとお伝えしてこいと申し付かったので御座います。
加えて、三太郎が心配しているなどとは決して言うなとの命令だったのですが、わたくしの一存でお話してしまいました。このことは、三太郎様には内密にお願いいたします。わたくしが叱られてしまいますので。
長々とお邪魔いたしました。わたくしがこれ以上申し上げることは何もございません。これで失礼いたします。お元気でお過ごしください。