09/01/22 : 裏切られた青年が商売を始める。
カテゴリ: 社長のつぶやき
昔の読書ノートを眺めることが多くなった。
1984年1月17日の読書ノート
(「津軽」太宰治)
「大人とは裏切られた青年の姿である。」
「つつしむべきは士族の商法、文士の政談」
フム。
当時、「裏切られた青年」と「文士の政談」という言葉に、まだ青年であった僕は引っ掛かったということらしい。では、「士族の商法」の方はどうだったのか。
それから25年経って、「文士の商法」は慎まなくてもいいのだろうかと、年齢的にはすっかり大人になっちまった僕は考えている。士族だろうが文士だろうが、乞食になる清貧な精神と勇気がないのなら、金を稼ぐ算段をしなければ、残念ながら生きていけない。
この「未曾有」の不景気に、ついに革命の起こる日が近いと目を輝かしている青年が、どこかにいれば会って酒でも酌み交わしたいと思うのだが、親が食わしてくれるからなのだろうか、最近の若者は、みんな親に優しくてつまらない。信念で、家族を捨てるべきだというような、アナーキーな思想の持ち主は、もう今はいないのだろうか。
若い頃にマルクスに傾倒しないのも、大人になってまでマルクス主義にかぶれているのも、どちらも馬鹿だといった評論家がいたけれど、あんまりセンスのいいコメントではない。
僕は、マルクス主義に裏切られたから商売しているわけではないのだが、確かに昔ほど、変革を求めていないことに気がついて、何故かとても反省しているのだ。
気がつけば、僕には、守るべき故郷も、捨てるべき故郷もない。
1984年1月17日の読書ノート
(「津軽」太宰治)
「大人とは裏切られた青年の姿である。」
「つつしむべきは士族の商法、文士の政談」
フム。
当時、「裏切られた青年」と「文士の政談」という言葉に、まだ青年であった僕は引っ掛かったということらしい。では、「士族の商法」の方はどうだったのか。
それから25年経って、「文士の商法」は慎まなくてもいいのだろうかと、年齢的にはすっかり大人になっちまった僕は考えている。士族だろうが文士だろうが、乞食になる清貧な精神と勇気がないのなら、金を稼ぐ算段をしなければ、残念ながら生きていけない。
この「未曾有」の不景気に、ついに革命の起こる日が近いと目を輝かしている青年が、どこかにいれば会って酒でも酌み交わしたいと思うのだが、親が食わしてくれるからなのだろうか、最近の若者は、みんな親に優しくてつまらない。信念で、家族を捨てるべきだというような、アナーキーな思想の持ち主は、もう今はいないのだろうか。
若い頃にマルクスに傾倒しないのも、大人になってまでマルクス主義にかぶれているのも、どちらも馬鹿だといった評論家がいたけれど、あんまりセンスのいいコメントではない。
僕は、マルクス主義に裏切られたから商売しているわけではないのだが、確かに昔ほど、変革を求めていないことに気がついて、何故かとても反省しているのだ。
気がつけば、僕には、守るべき故郷も、捨てるべき故郷もない。