08/10/13 : しなければならないこと
カテゴリ: 社長のつぶやき
一年ほど前は、事務所はいつも人でごった返していた。
そのころの僕の仕事は、殆どシステムを構築することだったから、自宅の書斎に会社と同じPC環境を作って、事務所に行かないでも仕事ができるようにした。
でも今は、事務所も大概さっぱりしているので、書斎へ避難する必要はないし、だいたいがシステムを構築しているような時間の余裕がなくなって、目先のことをこなしていくのが精一杯で、そんなわけだから、書斎の環境を利用することはめっきり減った。
でもほんとうは、CDの在庫管理やら、営業履歴のデータベース化など、新しい業務に対応したシステムを作っておくことは、ちょっと長い目での効率を考えれば、絶対に必要なことなのだが、これが自転車操業というものの辛さ、貧すれば鈍するとはこのこと、悪循環である。
あくまでも一般論の話だが、世の「社員」という方々は、たとえばシステムを苦労して構築することがいかに大切か、それがどれほど業務に恩恵を与えるこのになるのか、このあたりの事情について、理屈としては理解できるが、実感が伴わないという方が、案外多いらしい。人は、最終的には実感でしか動けない。特に苦しい状況に置かれればなおさらのこと、実感の伴わない理屈は、忘れ去られるのが定めなのである。
建前より本音という価値観。くそくらえである。お役所仕事は建前だと批判するが、断固違うと僕は思う。お役所仕事は、役人の怠惰な本音が現象となって表れたものだ。役人がほんとうに建前で仕事をしてくれたら、どんなにいい国になることか。役人の建前は、公僕であるということではないか。役人は、国民のために仕事を「しなければならない」のである。
人間はどうあるべきか、これも同じこと、こいつは本音ではない。壮大な建前である。人間は、本音を捨てて生きることのできる唯一の動物なのである…
おいおい、どこまでへ行くんだよ。戻ってこいよ。
そんなことを考えているからというわけでもないのだろうが、書斎ではPCの画面を眺めているより、本のページをめくっていることの方が多くなってきた。
ふと気がつくと、朦朧としていることがある。そんな時、休まなければ死ぬと、実感としてそう思う。意を決して、書斎の万年床に潜り込む。「眠りたい」から眠るのではない、眠ることを「しなければならない」のだと自分に言い聞かせる。すると、あっという間に眠りに落ちる。しかし数時間と寝ていられない。長時間眠る体力がないのである。そして再び机に向かってみるのだが、眠る前より体の具合が悪くなっているのが常である。その具合の悪さを払拭するために、僕はそそくさと事務所へ出かけていく。事務所に行って、仕事を「しなければならない」からである。
そのころの僕の仕事は、殆どシステムを構築することだったから、自宅の書斎に会社と同じPC環境を作って、事務所に行かないでも仕事ができるようにした。
でも今は、事務所も大概さっぱりしているので、書斎へ避難する必要はないし、だいたいがシステムを構築しているような時間の余裕がなくなって、目先のことをこなしていくのが精一杯で、そんなわけだから、書斎の環境を利用することはめっきり減った。
でもほんとうは、CDの在庫管理やら、営業履歴のデータベース化など、新しい業務に対応したシステムを作っておくことは、ちょっと長い目での効率を考えれば、絶対に必要なことなのだが、これが自転車操業というものの辛さ、貧すれば鈍するとはこのこと、悪循環である。
あくまでも一般論の話だが、世の「社員」という方々は、たとえばシステムを苦労して構築することがいかに大切か、それがどれほど業務に恩恵を与えるこのになるのか、このあたりの事情について、理屈としては理解できるが、実感が伴わないという方が、案外多いらしい。人は、最終的には実感でしか動けない。特に苦しい状況に置かれればなおさらのこと、実感の伴わない理屈は、忘れ去られるのが定めなのである。
建前より本音という価値観。くそくらえである。お役所仕事は建前だと批判するが、断固違うと僕は思う。お役所仕事は、役人の怠惰な本音が現象となって表れたものだ。役人がほんとうに建前で仕事をしてくれたら、どんなにいい国になることか。役人の建前は、公僕であるということではないか。役人は、国民のために仕事を「しなければならない」のである。
人間はどうあるべきか、これも同じこと、こいつは本音ではない。壮大な建前である。人間は、本音を捨てて生きることのできる唯一の動物なのである…
おいおい、どこまでへ行くんだよ。戻ってこいよ。
そんなことを考えているからというわけでもないのだろうが、書斎ではPCの画面を眺めているより、本のページをめくっていることの方が多くなってきた。
ふと気がつくと、朦朧としていることがある。そんな時、休まなければ死ぬと、実感としてそう思う。意を決して、書斎の万年床に潜り込む。「眠りたい」から眠るのではない、眠ることを「しなければならない」のだと自分に言い聞かせる。すると、あっという間に眠りに落ちる。しかし数時間と寝ていられない。長時間眠る体力がないのである。そして再び机に向かってみるのだが、眠る前より体の具合が悪くなっているのが常である。その具合の悪さを払拭するために、僕はそそくさと事務所へ出かけていく。事務所に行って、仕事を「しなければならない」からである。