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2月24日水曜日: 《1989年1月8日のノート》

カテゴリ: 更新された情報
「平成」が始まったのではない。「昭和」が終わったのだ。「平成何年」という言い方に違和感を感じている間に、「昭和」について日本人が考えるべきことはないのか。「昭和何年」というのも、実は妙だったと、そう日本人が気づくための、これが最期の機会ではないのか。「平成」に慣れてしまったらもう遅い。

「問題は天皇制と天皇個人との問題だ」(「五勺の酒」中野重治)

天皇個人と天皇制が「平成」において再びしっかりとイコールで結ばれてしまったらもう間に合わない。そうなる前に……。

カテゴリ: 更新された情報
日記じゃなくて、これでは月間報告だ。まだ「あの方」は生きている。死を間近に控えた天皇が、どこかに存在しているということが常態になってきた。

その意味を考えている。


カテゴリ: 更新された情報
へえ、もうひと月以上も経つのか。久しぶりに日記を開いてそう思った。いや、久しぶりに開くんじゃこのノートを日記とは呼べないな。ともかく忙しい。いよいよXdayがやってくれば、この自粛ばやりのことだから、観劇行事などは真っ先に中止になって、そうすればきっと休めるなと、結構期待していたんだが、しぶとく一ヵ月も経っちまった。年末に向けて仕事は減ってくる。この分だと少しヒマになってからXdayだろうか、それじゃあんまりおもしろくない……。ふん、こんなふうに思うのはやっぱり不謹慎だなと思う。お亡くなりになられるかもしれないのが「あのお方」だからというわけではなく、天皇様だろうが誰だろうが、人間が死ぬのを期待するなんてのはやっぱり絶対不謹慎なのだ。それを気軽に言ったり書いたりするのは、死ぬのが「雲の上の天皇様」だからに違いない。天皇は、やっぱり人間ではなかったということか。

中野重治は「五勺の酒」でこう書いた。
「天皇を鼻であしらうような人間がふえればふえるほど、天皇制が長生きするだろうことを考えてもらいたいのだ。」

再び「ふん」と鼻であしらってみて、そんなことよりも、今日はせっかくの休みだというのに、僕は僕のたったひとりの大切な家族のために、何もしてやらない、そのことの方が問題なのだと思っている。そういうふうに反省すると、僕はこのノートを開くらしいのである。ということはだ、このひと月、僕は「正しい夫」をしていたのかといえば、全くそんなことは無いわけで、それなのにもかかわらずこのノートを一度も開かなかったということは、一度たりともカミサンのことを気にかけなかったということになるのかね。そんなこたぁない。
そんなこたぁないけれど……、ないけれど? ないけれど、だからどうだ、ということもないけれど……。

天ちゃんが死ななきゃ、今度の休みは11月の2日で、それまではまた考えるヒマもなくなる予定だ。


11月25日水曜日: 《1988年9月20日のノート》

カテゴリ: 更新された情報
テレビでは延々とオリンピックの放送が続いている。その合間々々に天皇の容態についての情報が入る。宮内庁を通じてのヴェールに包まれた情報。女子バレー、日本対ソ連のファイナルセット。ジュースの連続。テレビカメラは会場でうち振られるたくさんの日の丸の小旗を映し出す。この日本人たちは、ソウルで日の丸を振ることになんの抵抗も感じないのだろうか、そう思いながらも、僕もけっこう興奮しながら日本の勝つことを期待してもいるのだ。

変に落ち着かない時間。

19対17で日本がソ連に勝ったその瞬間、窓の外、近所の家から悲鳴のような声が上がった。ああ、あそこにも日本人がいる。昼下がりの時間。曇天。「今日もすばらしい青空が広がっています。ソウル!」、妙にドラマチックを装ったアナウンサーのコメント。

明後日から旅。忙しくなる。その前にKのために何かしてやりたいと思うのだが。


11月11日水曜日: 《1988年9月19日のノート》

カテゴリ: 更新された情報
テレビの業界用語でいうところの24時55分。

本を読んでいた。

オリンピックのハイライトが終わって、そのまま何となく消さずにつきっぱなしになっていたテレビに突然入ってきたニュース。発熱で今日の相撲観戦を中止した天皇の容態が急変、宮内庁の発表はなし。それだけ伝えて、今テレビは風景とピアノ音楽。

字幕が流れる。
「宮内庁幹部相次ぎ皇居へ 情報が入り次第お伝えします」

いよいよか……。25時02分。



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