「沖のリーフに白波が寄せる」
大城立裕が「カクテル・パーティー」の最後から二行目に、さり気なく挿入した一文。
僕もまた、神の高みからその光景を眺めているらしい。

沖縄の静かな浜に佇んで、耳を澄ませていると、遥か遠くのリーフに砕ける波音が微かに聞こえてくる。だが、寄せては返すその波は、実は激しく珊瑚を打ち砕き続け、その耳鳴りのような営みは、永久に繰り返すのだという絶望感に、僕は苛まれはじめる。
寄せる波が破壊し、返す波が奪い去っていくもの。

沖縄の激動の只中で生きてきた者たちに、僕の甘ったるい想念が拒否されていく。見知らぬ祖先が語る歴史ではない。お前には遠雷の音ように聞こえているのかもしれないが、たった今のこの時も、珊瑚は破壊され続け、足元の砂さえ削り取られているのだ。諦めては死を待つしかない。赦しては、生きる術を失う。だから、諦めてなどいない、赦してもいない、と。

間もなく執筆依頼の締め切りが迫る。旅人に、唯一度だけ寄せる甘い波。