5月 8日金曜日: 案内を送ること、詮無いこと
カテゴリ: 社長のつぶやき
知り合いに案内を送ること…
それだけ書いて、寝っ転がった。そして、天井を眺めている。
知り合いに案内を送らなければならない理由、それはハッキリしている。簡単なハナシ。だが、まったくもって納得していない自分が、ここにいるのである。
しかし、何をどう納得していないのかについて、語るつもりは毛頭ない。詮無いことだ。
「金のためなら、こんな仕事などしない」
若い頃は、それで終わり。貧乏を勲章にして飲んだくれた。小皿のマヨネーズ50円。それにタバスコ混ぜてツマミにした。
「食わなければならない」
いつからか、そう口にするようになった。それでも、案内などしなかった。何故なら、役者だと信じていたから。
大きな声では言えないが、今だって金のためならこんな仕事などしない。だが、金にしなければならない。
「金のための仕事と、いったいどこが違うのだ?」
何度でも答えよう。
「分裂しているのだ」
…と。
上っ面だけ、360度ぐるっと回ってみても見えぬものがある。見えぬものはそのままに、詮無いことだから。
それだけ書いて、寝っ転がった。そして、天井を眺めている。
知り合いに案内を送らなければならない理由、それはハッキリしている。簡単なハナシ。だが、まったくもって納得していない自分が、ここにいるのである。
しかし、何をどう納得していないのかについて、語るつもりは毛頭ない。詮無いことだ。
「金のためなら、こんな仕事などしない」
若い頃は、それで終わり。貧乏を勲章にして飲んだくれた。小皿のマヨネーズ50円。それにタバスコ混ぜてツマミにした。
「食わなければならない」
いつからか、そう口にするようになった。それでも、案内などしなかった。何故なら、役者だと信じていたから。
大きな声では言えないが、今だって金のためならこんな仕事などしない。だが、金にしなければならない。
「金のための仕事と、いったいどこが違うのだ?」
何度でも答えよう。
「分裂しているのだ」
…と。
上っ面だけ、360度ぐるっと回ってみても見えぬものがある。見えぬものはそのままに、詮無いことだから。
5月 1日金曜日: 社長の孤独と、ポツ然とした孤独
カテゴリ: 社長のつぶやき
会社は、今日から3年目である。
できることならば、15年くらい前の状況を取り戻りたい。若さが欲しいわけではない。今の居場所が、どうしても落ち着かないのである。
あの余計な病のお陰で、僕は人生をすっかり慌しいものにしてしまったが、もしもあの時、これほどまで生き続けられることが分かっていれば、きっと会社などという全くもって性分に合わない代物を立ち上げるような破目にはならなかったに違いない。僕が欲しいものは、というより捨て去りたいものは、名刺と、携帯電話と、極めてシンプルに繋がっていたはずなのに、いつしか複雑に絡んでしまった関係たちである。
会社の経営とやらに携わっていると、何もかもが単純にはいかなくなる。その全てを背負って、「社長」はひたすらに孤独であり、誰もそのことを気に掛けない。
孤独には慣れていた。というより、常に孤独であった。しかし、「社長」の孤独は異質である。
雑多なものがそこら中に積み重ねられ、崩れ散乱してもそのまま放置され、僕は息さえまともにできないでいる。そんな小さな部屋に押し込められて、毎夜呻き声を上げているのだが、誰も気づいてはくれない。
深夜になっても照明を煌々と照らし、全世界に向けてキーボードを打ち続けているのだが、その自らの行為に激しい嫌悪感を感じ、なにもかも切断したい衝動に駆られている。
この会社から身を引くことができれば、僕はPCのランケーブルを引き抜き、携帯電話のデータを消し去るであろう。自由になってもなおインターネットや携帯を捨てることに躊躇するほどには、まだ僕の精神も病んではいないはずだ。だから手遅れになる前に、「会社」という得体の知れぬ化け物から解放されたいのだが、しかし誰もそれを許してくれない。
分裂は、さらに進行しているらしい。しかし、蟄居することができないのなら、致命傷を避けるためには、このまま分裂を進行させていくより他の道はない。
今、僕が欲しているのは、何一つ置かれていない閑散とした部屋に、ポツ然と取り残された孤独なのである。
できることならば、15年くらい前の状況を取り戻りたい。若さが欲しいわけではない。今の居場所が、どうしても落ち着かないのである。
あの余計な病のお陰で、僕は人生をすっかり慌しいものにしてしまったが、もしもあの時、これほどまで生き続けられることが分かっていれば、きっと会社などという全くもって性分に合わない代物を立ち上げるような破目にはならなかったに違いない。僕が欲しいものは、というより捨て去りたいものは、名刺と、携帯電話と、極めてシンプルに繋がっていたはずなのに、いつしか複雑に絡んでしまった関係たちである。
会社の経営とやらに携わっていると、何もかもが単純にはいかなくなる。その全てを背負って、「社長」はひたすらに孤独であり、誰もそのことを気に掛けない。
孤独には慣れていた。というより、常に孤独であった。しかし、「社長」の孤独は異質である。
雑多なものがそこら中に積み重ねられ、崩れ散乱してもそのまま放置され、僕は息さえまともにできないでいる。そんな小さな部屋に押し込められて、毎夜呻き声を上げているのだが、誰も気づいてはくれない。
深夜になっても照明を煌々と照らし、全世界に向けてキーボードを打ち続けているのだが、その自らの行為に激しい嫌悪感を感じ、なにもかも切断したい衝動に駆られている。
この会社から身を引くことができれば、僕はPCのランケーブルを引き抜き、携帯電話のデータを消し去るであろう。自由になってもなおインターネットや携帯を捨てることに躊躇するほどには、まだ僕の精神も病んではいないはずだ。だから手遅れになる前に、「会社」という得体の知れぬ化け物から解放されたいのだが、しかし誰もそれを許してくれない。
分裂は、さらに進行しているらしい。しかし、蟄居することができないのなら、致命傷を避けるためには、このまま分裂を進行させていくより他の道はない。
今、僕が欲しているのは、何一つ置かれていない閑散とした部屋に、ポツ然と取り残された孤独なのである。
4月15日水曜日: ビジネスではなく…
カテゴリ: 社長のつぶやき
何かのために、などとはいいたくない。非営利とか、寄付とか、だからNPOとか、何故だかとても嫌悪感がある。
青年海外なんとか隊というやつもそうだ。大体、政府が関わっているというのが気に喰わない。
その国のためになるのかならないのか、そんなこと、遠く離れた日本にいてわかる訳がない。自分の稼いだ金でその国に渡って、自分の稼いだ金で生活して、しかしそこまでしても、きっと功罪など判るものではない。
自分の食い扶持だけでさえ稼げない人たちがたくさんいる日本から、最低限とはいえ住む場所と食べるだけの金を貰って行くボランティアとは、いったいどういうものなのだろうか。
会社のブログらしきものには、だからビジネスにしなければならぬと書いてみたのだ。しかし、能天気にそう思っているわけでもない。といって、繰り返すが、決して何かのためになどとは、口が裂けても言わない。
僕は、極めて個人的な、得体の知れぬ何者かによって突き動かされていると感じる。僕は、その告白の序章を、ここにこうして書くことによって、何とか免罪符を手に入れようとしている。
基準は、形而上学である。
神との、ビジネスである。
青年海外なんとか隊というやつもそうだ。大体、政府が関わっているというのが気に喰わない。
その国のためになるのかならないのか、そんなこと、遠く離れた日本にいてわかる訳がない。自分の稼いだ金でその国に渡って、自分の稼いだ金で生活して、しかしそこまでしても、きっと功罪など判るものではない。
自分の食い扶持だけでさえ稼げない人たちがたくさんいる日本から、最低限とはいえ住む場所と食べるだけの金を貰って行くボランティアとは、いったいどういうものなのだろうか。
会社のブログらしきものには、だからビジネスにしなければならぬと書いてみたのだ。しかし、能天気にそう思っているわけでもない。といって、繰り返すが、決して何かのためになどとは、口が裂けても言わない。
僕は、極めて個人的な、得体の知れぬ何者かによって突き動かされていると感じる。僕は、その告白の序章を、ここにこうして書くことによって、何とか免罪符を手に入れようとしている。
基準は、形而上学である。
神との、ビジネスである。
3月26日木曜日: 娘がドストエフスキーを…
カテゴリ: 社長のつぶやき
書斎に娘が訪れた。
ドストエフスキーを読みたいから本を貸して欲しいという。本棚の、ドストエフスキーが並んでいる場所を教えて、どれでも好きなものを持っていけと言ったら、「どれがお勧め?」ときた。
ここから先は、父と娘の秘密。
ドストエフスキーについて語り合えるような人間が周りにいるかと問われれば、残念ながら殆どいないとしか答えられない。たまにそんな希少な方に出会えたとして、ドストエフスキーについて語り合う夜などを共に過ごすことができれば、なかなかそれは楽しいものだが、しかしそういう場合は、どうやら相手がドストエフスキーなどというものを読む気になった人であるという、いわば無意識の連帯感のようなものが、奔放に語り合える状況を準備していてくれるのだと思う。
ならばまず語り合うべきことは、なんでドストエフスキーなどというものを読む気になったのかということなのだが、こいつは誰でもそう簡単に説明できるような話ではない。
「父に勧められたから」
たとえば、それはそうかもしれないが、父がいくら勧めたって、それに従う子どもなんか滅多にいないわけで、父親が100個勧めて、そのうち99個を無視しておいて、たったひとつ「ドストエフスキーを読んでみたらいい」という勧めだけに従ったからといって、「父に勧められたから」じゃあ納得などできるわけがない。ドストエフスキーを読む気になった理由は、きっともっと前にある、説明しがたい、秘密にしておきたい「何か」なのだ。
ドストエフスキーを読んで何を思うか、それはドストエフスキーを読み始める前に、6~7割方は決まってしまっているのではないかということ。凡人は、あらかじめ考えていた範囲でしか感じることができないのである。
それは芝居でも音楽でも同じこと。貴重な時間を費やして、わざわざ電車賃を払って劇場やホールまで足を運んでいただく、いかにそこまで持っていくか、その持っていきかたが、実は鑑賞後の評価の6~7割を左右するのだ。
たくさん切符を売るという仕事だけではなく、評価の6~7割を、事前に確定してしまうために、プロデューサーと営業は奔走している……
というようなところへこの話をもっていってしまったら、途端に興味が失せた。
娘は、「前期短編集」という文庫本を持っていった。全部読む気なら、書かれた順番に読んでいくのもありではないかという親父のアドバイスに従ったらしい。はたして娘は、「カラマーゾフの兄弟」くらいまで、たどりつくのかどうか、娘の6~7割がわからないので、今のところは何ともいえない……
ドストエフスキーを読みたいから本を貸して欲しいという。本棚の、ドストエフスキーが並んでいる場所を教えて、どれでも好きなものを持っていけと言ったら、「どれがお勧め?」ときた。
ここから先は、父と娘の秘密。
ドストエフスキーについて語り合えるような人間が周りにいるかと問われれば、残念ながら殆どいないとしか答えられない。たまにそんな希少な方に出会えたとして、ドストエフスキーについて語り合う夜などを共に過ごすことができれば、なかなかそれは楽しいものだが、しかしそういう場合は、どうやら相手がドストエフスキーなどというものを読む気になった人であるという、いわば無意識の連帯感のようなものが、奔放に語り合える状況を準備していてくれるのだと思う。
ならばまず語り合うべきことは、なんでドストエフスキーなどというものを読む気になったのかということなのだが、こいつは誰でもそう簡単に説明できるような話ではない。
「父に勧められたから」
たとえば、それはそうかもしれないが、父がいくら勧めたって、それに従う子どもなんか滅多にいないわけで、父親が100個勧めて、そのうち99個を無視しておいて、たったひとつ「ドストエフスキーを読んでみたらいい」という勧めだけに従ったからといって、「父に勧められたから」じゃあ納得などできるわけがない。ドストエフスキーを読む気になった理由は、きっともっと前にある、説明しがたい、秘密にしておきたい「何か」なのだ。
ドストエフスキーを読んで何を思うか、それはドストエフスキーを読み始める前に、6~7割方は決まってしまっているのではないかということ。凡人は、あらかじめ考えていた範囲でしか感じることができないのである。
それは芝居でも音楽でも同じこと。貴重な時間を費やして、わざわざ電車賃を払って劇場やホールまで足を運んでいただく、いかにそこまで持っていくか、その持っていきかたが、実は鑑賞後の評価の6~7割を左右するのだ。
たくさん切符を売るという仕事だけではなく、評価の6~7割を、事前に確定してしまうために、プロデューサーと営業は奔走している……
というようなところへこの話をもっていってしまったら、途端に興味が失せた。
娘は、「前期短編集」という文庫本を持っていった。全部読む気なら、書かれた順番に読んでいくのもありではないかという親父のアドバイスに従ったらしい。はたして娘は、「カラマーゾフの兄弟」くらいまで、たどりつくのかどうか、娘の6~7割がわからないので、今のところは何ともいえない……
3月21日土曜日: 《84/3/21のノート》で弁解する
カテゴリ: 社長のつぶやき
二日にいっぺんくらいは日記を書くと宣言してはみたのだが……
25年前の、ちょうどこの日のノートで弁解する。
《1984年3月21日の簡単なノート》
ああ、春は革命家を駄目にする。
仕事はしている。
だが、革命は、このブログらしきものでしか出来ないらしい。
最近ますます分裂していることを意識し始めた。
夜、僕は書斎で、バラバラになったものを繋げるための、魔法の連結器を探し続けている。だから、日記も、ブログらしきものも、いっこうに書くことが出来ずにいる。
25年前の、ちょうどこの日のノートで弁解する。
《1984年3月21日の簡単なノート》
ああ、春は革命家を駄目にする。
仕事はしている。
だが、革命は、このブログらしきものでしか出来ないらしい。
最近ますます分裂していることを意識し始めた。
夜、僕は書斎で、バラバラになったものを繋げるための、魔法の連結器を探し続けている。だから、日記も、ブログらしきものも、いっこうに書くことが出来ずにいる。