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カテゴリ: 《過去のノート》
(「一つの脳髄」小林秀雄)
「何だか頭の内側が痒い様な気がした。腫物が脳に出来る病気があるそうだ。自分にもそんなものが何処かに出来かかっているのではないかしら――。痛いのはいいとしても、頭の中が痒くなっては堪らないと思った。」

カテゴリ: 《過去のノート》
いつもの通り、朝起きて、小一時間程経つと痛み出す。ズキンというより、チクンという感じ。ここのところ、痛みは弱まっている。だが、痛んでいる時間は前よりもずっと長くなった。ほとんど休みなく痛んでいる。そんな、気がする。
だが今日は、本番が終ってしばらくすると痛みが消えた。下関から倉敷まで長い移動。日が没して、車の中で本が読めなくなった頃、再び痛み出す。
でも、それほどイライラはない。

明日が休みの所為だ。きっと。

カテゴリ: 《過去のノート》
今日もまた 酒飲めるかな
酒飲めば 頭の疼く癖を知りつつ  贋作。


カテゴリ: 《頭痛日記》
いよいよ医者のお世話になるか。東京へ帰ったら医者に行くと、昨晩、決心した。だが、怠惰がその決心を挫かぬ用心に、医者に行くことをあいつと約束した。

今日の朝は頭痛なし。が、やがて一発ズキンと来れば、それから後はいつもと同じ。
煙草を止めても、吸ってみてもだめ。アンメルツ、アリナミン、昼寝、うたた寝、熟睡、風呂、サウナ、気晴らしの会話……、全て効果なし。東京へ戻れば医者に行く、そう自分に言い聞かせることが、今のところ一番効き目がある。

なんとなくの不安、それはきっと、漠とした《死》の恐怖が滲み出てくるのだ。もう、あの頃のように子供ではないから、恐怖がはっきりした形で現れることなどもうないが、決して解放されたわけでもない。解放されるわけもない。

12月 4日木曜日: 破たんした企み

カテゴリ: 沖縄の、こと
腎臓がんに完治というものはないらしい。20年経っても転移する。だから僕は、もう保険には入れないらしい。
肺に転移する可能性が一番高い。次に脳、そして骨。まれに皮下。肺に転移しても、一個づつゆっくり出てくるようなら、モグラ叩きの要領でいちいち潰していけばなんとかなる。だが一度に複数ポコポコ出てくるようだと、なかなか厳しい。骨が痛くなったらすぐ来いと医者は言う。脳はちょっとねえ、などという。時々背中とか二の腕を触って、しこりがないか確かめろともいう。
思い切って聞いてみたことがある。
「もし骨とか脳とかに転移したとして、それが分かったとして、助かるものなんですかね。」
「まあ、難しいですよね」

片腎だから、残った一個の腎臓を大切にしろと言われた。だが、どうすればいいのかよく分からない。
尿路結石は命取りになる。小便が出なくなったら、すぐ救急車を呼ぶこと。2、3時間遅れると命がない。

こう書いていても、なんともつまらない。つまらないから、人間は、単なる不摂生が祟っての病気なのに、それに意味を持たせたりして、なんとかそれにしがみついて、何かを乗り越えようとするらしい。《頭痛日記》も、また然りである。

過去の体の変調は、ほぼ完璧にこの「社長とは呼ばないで」のロジックの中に組み込まれ、そしてこの長編小説は、当初の計画通りに進んでいくはずであった。だが、現在進行中の毎日が、計算されたロジックを嘲笑い反逆していくのだ。とはいうものの、今の僕を取り巻く現実が、全く僕の支配の及ばぬところにあるということではなく、例えば自分で創造した小説の主人公が、筆を進めていくうちに、勝手に予期せぬ形へと変貌していくような、そんな快感に似ている。

今日の僕の論理は、完全に破たんしている。

大城立裕氏が、沖縄タイムスに自伝的な文章を連載していた。だがそれには、氏のご家族のことは一切出てこない。なんだか今の僕には、それにノンを唱えたいといういたずら心があるのだ。

大城先生、あなたの人生にも、予期せぬたくさんの苦しみや、そしてごくごく単純な楽しみもまたあったのではないですか。それらは、大城先生の人生のロジックを、ほんのちょっとでも破たんさせたのではないですか。

僕は、このブログらしきものの姿をした企てに、あの手術から後に起こったちいさな出来事たちを、ほんとに時々だけれど、載せてみようと思う。いったい、どんな破たんが訪れ、そしてあたらしい展開が生まれるのか。
なぜだかちっとも説明がつかないのだけれど、どうしてもそうしてみたくなったのだ。

今日の僕は、完全に破たんしている。


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