高山正樹
修羅場が語れなくても、啖呵が切れなくても、講談は務まるらしい。だから、故小金井芦州は講談師を嫌った。彼は「最後の講釈師」と呼ばれた。その芦州に出会って、3日で芦晃という名を頂戴した。弟子になったつもりなどないのに、弟子を取らない芦州が弟子を取ったと話題になった。芦州の前座で、修羅場を語った。本牧亭の売店のおばちゃんに、久しぶりにいい修羅場を聞かせてもらったと褒められた。酒の席で、若手の講談師に、役者の片手間に高座に上がることを責められた。普段は饒舌な芦州が、ただ黙って聞いていた。その日、芦州の元を去ることに決めた。以来、一度も芦州とは会わなかった。齢50を過ぎて、白石准との作品を売る気になった。今、僕のプロフィールは、芦州との思い出だけでいいと思っている。
(“山猫合奏団”をプロデュースする “M.A.P.” 代表)

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